たまには「反対側」から眺めてみるのも・・・

授業のあと、午前中に中学保護者向けの5月保護者会と中体連春季大会&中間考査の日程連絡文書を作り終え、お弁当を食べて、今日も外回りへ。

名神経由で大津方面だが、先日のようなダダ混みはなく、ホッと一安心。栗東IC手前あたりが少し渋滞していた程度で(それでも学校から大津ICまで1時間10分ほどかかった)、無事最初の訪問先へ。

その後、大津市内を北上しながら訪問。最後に立ち寄った中学から、琵琶湖を望んだ景色が、この写真。

田植えが終わり、水面に空が映る棚田の向こうに、家並み、そして琵琶湖が見え、その奥には湖東平野、鈴鹿の山々がくっきり浮かんでいる。ちょうど右側の端あたりが東近江。雨が降ったあとだからか、きれいに澄んで、めずらしく遠くまでスッキリ見渡せた。

湖東に住んでいる我々は、日が沈む方が琵琶湖側で、比良の山並みをバックに琵琶湖を眺めている。一方、湖西から見れば、鈴鹿の峰々を背景に、日が昇る方に琵琶湖があり、眺める視線は180度違う。

当然、琵琶湖の景色や風向きが与える印象は異なるだろうし、平野部の多い湖東と、山が琵琶湖のすぐ傍まで迫っている湖西とでは、日常生活で出会う風景も違い、それが生活スタイルや考え方(ちょっと大げさだが)に与える影響も、少なからずあると思う。

同じ景色でも、見る方向が違えば全く別の物として映る・・・。何もこれは景色に限ったことではなく、ヒトやモノ、事件や出来事すべてに通じる「あたりまえ」の感覚だ。別の表現をすれば、「視点を変えれば、違った判断になる」ということ。

ひとつの事象を、一方向からの見立てや分析で判断してはいけない。あらゆる角度から検証し、すべてを総合して判断すべし。

ややもすると、固定観念というか、自分流の見方で、ある方向からしか物事をとらえず、それですべてをわかった気になってしまう私たち。意見交換するとか、議論を闘わせるとか・・・そういったことが何のためにあるのか、少し立ち止まって考える余裕を常に持ちたいと思う。

さて、今日もあと5分で22時。

セコムして帰ろう・・・


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