答辞に込められた、前途への力強いメッセージ

昨日の卒業式。厳粛な中にも温もりがあり、巣立ちゆく生徒たちの「優しさ」と「凛々しさ」が会場にあふれ、時に涙を誘いつつも、次なる道に向かってそれぞれが力強く歩んでいこうとする「志」が感じられる、すばらしいひとときだった。

また、その後に行われた謝恩会も、3年生の保護者役員の手作り感が心地よく、賑やかで楽しい時間だった。卒業生の保護者であり、今年度、父母と教師の会の本部役員でもある《ろう》さんが、自身のブログ「柴猫クラブ」で、このときのようすを写真入りで紹介して下さっている。

この《ろう》さん、卒業式そのものには仕事のため出席できず、式に出た保護者などから「答辞の内容とそのアピールは、卒業生とその父母、先生ばかりではなく、在校生たちにも感動の涙を誘うすばらしいものだった」という話を聞き、直接、その場にいられなかったことがとても残念そう。

確かに、「答辞」はすばらしかった。過去を振り返るのではなく、これからの人生にを切り拓いていくんだという強い意志、それが在校中に得た友だちや周囲からの支えあってのことだという感謝にあふれた、ほんとうに力強いものだった。

その場にいる誰もが「背中を押された」ような気になるくらい、前向きで美しかった。言葉一つ一つに命があるようで、輝いていた。

さっそく、今日の中2・中3の学級通信ではその一部が紹介されているので、家で読んでいて下さる方も多いことだろう。一方、《ろう》さんのブログには、「その語りは安居先生がHPかブログにアップしてくれると信じているので、皆さんも期待してください。」とあるので、それに応えないわけにはいかない。

ということで、文面だけになるが、この場で「答辞」を紹介しておきたい。(言葉のつなぎなど、一部修正) 一文一文に込められた素直な思いの一端を感じ取ってもらえたらと思う。

厳しく寒い冬を乗り越え、暖かい春の風が心地よく吹くこの良き日、私たち181名は滋賀学園高校を卒業します。

思い起こせば、6年前の入学式。私は大きな期待と不安を胸に34名の仲間と共に滋賀学園中学校に入学しました。全てが新しい生活に戸惑いを隠せず、私はなかなかクラスに慣れることが出来なかったことを覚えています。2年生でのニュージーランド短期研修では、様々なトラブルをクラスで乗り越えることで、お互いのことを理解し、クラスの絆を深めることが出来ました。3年生の冬には、期待に胸を膨らませ、1年間のカナダ留学へ旅立ちました。自信のあった英語でのコミュニケーションが思うように取れず、自己嫌悪に陥り、自分の殻に閉じこもることもありました。一時は留学を中断したいと思ったときもありました。また、ホストファミリーとの些細なトラブルや現地での学校生活を素直に楽しむことが出来ず、何もかもが嫌になり、この場から逃げ出したいと思い、悩むことも多々ありました。そんなとき、一緒に留学へ行った友達や現地のコーディネーター、担任の先生はいつでも親身になり、私の相談に乗ってくれました。そのお陰で、私は1年間の留学生活を全うし、大いに成長することが出来ました。『何事も自分次第』だということを身をもって学びました。

留学から帰国後、高校2年生の時、私たちG類は、特進クラスのA類と合併することとなりました。急に新たなメンバーが加わることに、入学式のときと同じように、仲良くやっていけるかどうか心配していました。しかし、それは杞憂に終わり、すぐに打ち解け、多くの新たな友情を育むことが出来ました。2年生の文化祭では、初めてクラスとしてまとまり、行事に取り組むことで、より一層クラスの団結力も増し、まるで中学校の頃からいるような仲間と思えるほど、仲良くなることが出来ました。そして、3年生の体育祭。このとき、初めて39名が揃い、心をひとつにし、行事に取り組むことが出来ました。下級生を引っ張っていくリーダーとして、ひとりひとりが自分の役割に責任を持ち、決して妥協することなく、オリジナルパフォーマンスに取り込み、団を優勝へと導きました。クラスで行事に取り組む傍ら、私は、生徒会リーダーとして、今までと異なり、より多く生徒の手で学校行事を行えるように、メンバーと会議を積み重ねていました。メンバー内で意見が衝突することも多くありました。しかし、冷静になり、お互いの主張を理解し合うことで、新たな解決策がうまれることもありました。また、ひとりひとりのメンバーを信頼することで、生徒会としてのまとまりが出来、行事を重ねるごとにみんなで成長することが出来ました。

夏が終わり、私たちは最初で最後の試練、受験を迎えました。中学校受験しか経験したことのないG類の私にとって受験というものがどれだけ厳しいものかは、想像がつきませんでした。毎日毎日、勉強に明け暮れ、もうこれ以上勉強をしたくないと思うときや、目標を諦めてしまおうとすることもありました。自分の実力が伸びずに、悔し涙する日もありました。しかし、受験に挑んでいるのは決して私ひとりではありませんでした。周りには一緒に闘っている友達、暖かく見守っていてくれる友達がいました。私が、合格したとき、友達は一緒になって喜んでくれました。また、不合格になったとき、涙が止まらなかった私の隣で一緒になって泣き、励ましてくれる友達がいました。私は、不合格という事実を受け入れることが出来ず、あまりのショックに立ち直ることが出来ませんでした。私は、最後の試験に結果が分かっていながらも臨むのか、それともその試験には挑戦せずに現実を受け入れるのか、迷いに迷いました。一緒に受験に臨んでいた友達は、親身になって、私のそのような相談に乗ってくれました。そして、最後のチャンスに臨むよう友達が私の背中を押してくれたこともあり、私は最後の可能性に全力を尽くすことを心に決めました。実際、仕切りなおしの受験勉強は覚悟していた以上に辛いものでした。しかし、いつも友達と顔を合わせ、勉強することでお互い刺激を受け、時には励ましあい、最後まで勉強することが出来ました。私はこの受験という一つの試練の中で、改めて、友達や周りの支えのありがたさを感じました。また、自分の最大限の努力が時として成果として現れないことを。しかし、目標に向かうまでの、その辛い道のりを乗り越えることで私は強くなることが出来たと思っています。

この6年間、何事も思ったようにいくわけではありませんでした。思いがけないことで失敗をし、挫折してしまいそうな辛い時期もありました。しかし、私はそのような逆境や問題を抱えているとき、たくさんの人の優しさや応援が私を支えていてくれているということに気が付きました。そのことで、何事にも前向きに挑戦することが出来ました。そのような逆境を乗り越えることで自分自身が強くなったと感じています。楽しいとき、辛いとき、どんなときも、まるで家族のように共に学園生活を過ごしたかけがえのない友達。私はそんな友達に巡りあえたことを心から幸せに思います。そして、こんな身勝手な私をいつでも理解し、支えてくれた、そんな友達が私は大好きです。

また、学校の先生方は、授業以外でも、人間関係のことやプライベートなことの相談に乗ってくださり、時には、未熟な私を厳しく指導してくださいました。6年間、私たちの成長を親のように暖かく見守ってくださった先生方、今まで本当にお世話になりました。

在校生のみなさん、体育祭を初めとする学校行事や部活では、たくさんの思い出を作ることが出来ました。そして、どんなときでも私たち3年生を信じ、ついてきてくれてありがとう。これからも、挨拶や掃除の出来る滋賀学園生として、あらゆる方面で活躍してくれることを期待しています。

最後に、6年間私たちを一番身近で支えてくれていた家族。仕事で忙しいにもかかわらず、毎日お弁当を作ってくれたお母さん。これから始まる人生に様々なアドバイスをくれたお父さん。家族の暖かい支援があったからこそ、私たちは、最後まで自分の目標に向かうことが出来ました。いつもはあまり言うことはないけれど、いつもありがとう。これから先も、迷惑をかけると思うけど、夢に向かって努力するので、暖かく見守っていてください。

学園生活の想い出が溢れんばかりに思い浮かぶ今日、私たち、181名は様々な思いを胸に、滋賀学園を卒業します。正直、私はもう少し高校生として、みんなと過ごしていたい気持ちもあります。しかし、私たちは前に進まなければなりません。不安や緊張もありますが、春からは、ひとりひとり、新たな生活に一歩踏み出します。私は、滋賀学園で学んだことを胸に留め、これから先も日々新しいことに挑戦し、成長していきます。お世話になった先生方、家族、共に成長した友達、今まで本当にありがとうございました。


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