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格調たかく:「委ねる、ということ」

  • 2010-02-20 (土) 16:17
  • 憧れ

今日の保護者懇談会(「食堂で子どもも食べているメニューを食べましょう」の会)は、司会と進行を保護者役員にお任せしました。座席の決定(ステキなくじを用意してくれてました!)から、会場設定まで、役員会にお任せして、わたしは見守る側。さすがに役員経験が長いのか、テキパキと進み、気がついたらあっという間に終了の時間。モザイクな中身を抱える担任として、それなりに気苦労が多かった1年でしたが、保護者に支えられていたことも実感できて、ありがたい時間でした。食堂との交渉はわたしがやったものの、あとは役員会の招集から開催まで、ほんとうにお任せでした。仕事がら、なんでも自分で仕切ってしまうことの多い私ですが、この多忙のなか、「委ねる」ということの意味を学んだ気がします。そんなことを思っていて、以前に書き留めていた「委ねる」という文章を思い出したので、ここで紹介します。

人間は不完全で弱い者ですから、何もかもを自分一人でやりとげることは不可能で、どうしても、他人に委ねる部分、頼んでしてもらうこと、分担することが必要です。

生まれつき勝ち気のせいもあって、他人に頭を下げて頼むことが嫌いな上に、幼い時から、「自分のことは、自分でしなさい」と、厳しくしつけられていた私は、”委ねる”ことが下手でした。

その私が、おもいがけず、36歳の若さと経験不足のまま、四年制大学の学長に任命されたものですから、いろいろ苦労をいたしました。管理職にある者は、何を、どこまで他の人に委ね、自分は何をすべきかが識別できる人でなければならなかったからです。

その日から82歳の今日にいたるまで、ずっと管理職にあって、それこそ、数えきれない多くの失敗も重ねましたが、”委ねる”ということについても、多くを学びました。

その一つは、委ねるに際しては、相手を信頼しなければいけないということでした。二つ目は、委ねるということは、決して”丸投げ”することではなく、要所要所でチェックをして、委ねっ放しでないことを相手にもわからせるということ。そして最後に、一番大切なことは、委ねた結果が良かった時は、その人の功績とするけれども、結果が悪かった時は、自分が悪者となることを恐れないということです。

参加意識を育てるためには、自分でしたくても、他の人に”委ねる”大切さも学びました。(ノートルダム聖心学園理事長 渡邊和子シスターの言葉)

おそらくこれは、クラス運営でもリーダー指導でも、きっと同じことが言えるのですよね。このあり方が私たちに育っていれば、きっと組織は組織らしく活性化すると思うのです。ひとつの組織にいるときに「肩書き」で制限される動きは確かにあるのでしょうが、「こころの持ち方」で、変わるところは変えていきたいと思います。ひとつの状況下にあるとき、周りの状況を「眺める」立ち位置を取るのか、積極的に「関わり、手を出し、責任も覚悟の上で動かそうとする」のか?

生徒指導にしても「ここからは個人の人権にかかわるから口を出せない(出さない)(=眺める)」でいるのか、「おせっかいと思われても、人生の先輩としてある程度口をはさむのか?」

たとえ「おせっかい」と言われても、わたしは関わり続けるものでありたい。委ねる、ということの前提には「関わる」という行為があるのだから。

そんな関わりを続けたい、と思うクラス(保護者も含め)に出会えたことに感謝しよう、と、そう思う時間でした。来年はどこで何をすることになるか、まだわかりませんが、発表があるまでは、自分にとって最も理想的な配置を思い描いていようと思います。さて、発表はいつかな?

Comments:1

shirai 10-02-27 (土) 14:15

現状を分析し、自分の在りたい姿が見えてきたようですね。
周りと関わり(巻き込み)、周りと共に成長し、生徒のために力を尽くして下さい。
応援しています!

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