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Non talk,Say!

格調たかく:「委ねる、ということ」

今日の保護者懇談会(「食堂で子どもも食べているメニューを食べましょう」の会)は、司会と進行を保護者役員にお任せしました。座席の決定(ステキなくじを用意してくれてました!)から、会場設定まで、役員会にお任せして、わたしは見守る側。さすがに役員経験が長いのか、テキパキと進み、気がついたらあっという間に終了の時間。モザイクな中身を抱える担任として、それなりに気苦労が多かった1年でしたが、保護者に支えられていたことも実感できて、ありがたい時間でした。食堂との交渉はわたしがやったものの、あとは役員会の招集から開催まで、ほんとうにお任せでした。仕事がら、なんでも自分で仕切ってしまうことの多い私ですが、この多忙のなか、「委ねる」ということの意味を学んだ気がします。そんなことを思っていて、以前に書き留めていた「委ねる」という文章を思い出したので、ここで紹介します。

人間は不完全で弱い者ですから、何もかもを自分一人でやりとげることは不可能で、どうしても、他人に委ねる部分、頼んでしてもらうこと、分担することが必要です。

生まれつき勝ち気のせいもあって、他人に頭を下げて頼むことが嫌いな上に、幼い時から、「自分のことは、自分でしなさい」と、厳しくしつけられていた私は、”委ねる”ことが下手でした。

その私が、おもいがけず、36歳の若さと経験不足のまま、四年制大学の学長に任命されたものですから、いろいろ苦労をいたしました。管理職にある者は、何を、どこまで他の人に委ね、自分は何をすべきかが識別できる人でなければならなかったからです。

その日から82歳の今日にいたるまで、ずっと管理職にあって、それこそ、数えきれない多くの失敗も重ねましたが、”委ねる”ということについても、多くを学びました。

その一つは、委ねるに際しては、相手を信頼しなければいけないということでした。二つ目は、委ねるということは、決して”丸投げ”することではなく、要所要所でチェックをして、委ねっ放しでないことを相手にもわからせるということ。そして最後に、一番大切なことは、委ねた結果が良かった時は、その人の功績とするけれども、結果が悪かった時は、自分が悪者となることを恐れないということです。

参加意識を育てるためには、自分でしたくても、他の人に”委ねる”大切さも学びました。(ノートルダム聖心学園理事長 渡邊和子シスターの言葉)

おそらくこれは、クラス運営でもリーダー指導でも、きっと同じことが言えるのですよね。このあり方が私たちに育っていれば、きっと組織は組織らしく活性化すると思うのです。ひとつの組織にいるときに「肩書き」で制限される動きは確かにあるのでしょうが、「こころの持ち方」で、変わるところは変えていきたいと思います。ひとつの状況下にあるとき、周りの状況を「眺める」立ち位置を取るのか、積極的に「関わり、手を出し、責任も覚悟の上で動かそうとする」のか?

生徒指導にしても「ここからは個人の人権にかかわるから口を出せない(出さない)(=眺める)」でいるのか、「おせっかいと思われても、人生の先輩としてある程度口をはさむのか?」

たとえ「おせっかい」と言われても、わたしは関わり続けるものでありたい。委ねる、ということの前提には「関わる」という行為があるのだから。

そんな関わりを続けたい、と思うクラス(保護者も含め)に出会えたことに感謝しよう、と、そう思う時間でした。来年はどこで何をすることになるか、まだわかりませんが、発表があるまでは、自分にとって最も理想的な配置を思い描いていようと思います。さて、発表はいつかな?

的を絞る

 昨日、今日と学年のなかで盛り上がった話題(ちょっと脚色もしましたが・・・)。
「プロジェクトってさ、なんだか毎年のようにやっていて、でも、なんだか下々には方向がよくわからない気がしませんか?」
「そうそう。うちの学年って『プレ・プロジェクトの学年』だから、しっかりやらないといけないって、話もあったしね」
「そうなんだよね。でも、『しっかり』の中身がいまいち、わかりにくいでしょ?」
「うん。そうだね。具体的な論議にいくのにも手探りで話していくような、そんな感じになるネーミングだね」
「もっと的を絞ったネーミングが必要なんじゃない?」
「うんうん、そう。もっと具体的に。今年のプロジェクトが進学実績に焦点をあてているのならさ〜、それとハッキリわかるような名前をつけないとね」
「たとえば、どんな?」
「『進学実績向上委員会』ってのはどう?」
「あ、それっていいね。わかりやすい」
「だよね。いちいち『ね、今年のプロジェクトって、何をしようとしているんだっけ??』から、話し始めなくていいから、話が早いよね」
「でもさ、たぶん、4月とか5月はそんな名前でも良かった感じがするんだけど、なんだか11月ぐらいから『募集定員確保委員会』って感じになってなかったっけ?ま、詳しいことはわからないんだけどね。」
「そうだよね〜。具体的なことがわからないと、頑張る方向がわからないんだよ。勝手にやり出すと『全体のことを考えてチームで動け』って怒られそうだしさ」
「どうしたらいいんだろうね?わからないね〜」
「だよね〜」
「だよね〜」
「ふう〜」

数学的帰納法

「繰り返しながらどんどん悪くなって行く」

愛力のない人間が
愛のない結婚生活を送りながら
愛のない子育てをする
すると
愛力のない人間が出来上がる

愛力のない人間が
愛のない結婚生活を送りながら
愛のない子育てをする
すると
愛力のない人間が出来上がる

高木いさお著「愛することと優しさについて」より

上の文章と下の文章は全く同じなのに、タイトルが「繰り返しながらどんどん悪くなって行く」。これっておもしろいなぁと思ったので紹介します。見た目は同じでも、内実が悪くなっていることってありますよね。

髪の毛を1本抜いてもハゲにはならない。
髪の毛を2本抜いてもハゲにはならない。
数学的帰納法により、いくら髪の毛を抜いてもハゲにはならない。

んなことあるかい!

高校1年生のとき、数学的帰納法を習いました。
数学的帰納法は言いかえれば、ドミノ倒しで全てのドミノがちゃんと倒れるかどうかを推測するための方法です。
最初のドミノが倒れ、途中のドミノが倒れるならば、最初から最後まで全てのドミノは倒れると言えます。
n=1で成り立つことを示し、n=kが成り立つとしてn=k+1が成り立つことを示されれば、全ての自然数で成り立つというわけです。

ドミノの場合とか、数字の場合では成り立っても、現実にこんなことってあるわけないじゃんと、うさんくさく思ったものです。だって、いつかハゲになるに決まってんじゃん!このまま抜き続けたらハゲになる、じゃあ抜くのをやめようって思うのがアタリマエの発想。髪の毛を抜き続けたら、頭皮やらなんやらにストレスがかかって、一気に抜けちゃうこともあるかもしれない。

一昨年はつぶれずに済んだ
昨年はつぶれずに済んだ
数学的帰納法により、永遠につぶれずに済む

んなことあるかい!(2回目)

「北の国へ」2010~旅立ち~

る~る~~るるるるる~~る~♪
        るる~~るるるるる~♪

ある日、お父さんが家族を集めて言いました。

「今度、北海道に引っ越すことにしたんだ。お父さんの稼ぎでは東京で生活することがだんだん難しくなってきたからな。もちろん北海道での生活は最初は大変だと思う。でも向こうで頑張れば、今よりずっと良い生活ができるようになるんだ。家族みんな、きょうだい、力を合わせて頑張っていこうな!」

僕は東京から離れるのは寂しいなと思いましたが、頑張ろうと思いました。その日から、お父さんとお母さんはよく話し合いをするようになりました。知らないおじさんが話し合いに入ることもありました。

しばらくしたある日、お父さんが家族を集めて言いました。

「北海道では牧場を持とうと思う。馬を飼うんだ。」
続いてお母さんが言いました。
「弘子、正太、洋子、あなたたちには馬の世話をしてもらうからね。」

お姉ちゃんも妹も、初めてのことに不安そうでした。僕も不安でしたが、馬は好きなので頑張ろうと思いました。

お父さんが、また家族を集めて言いました。

「家は富良野に建てようと思う。お祖父さんの知り合いの灰原さんという人が勧めてくれたんだ。馬を飼おうというのもその人の提案なんだよ。」
「さあ、役割を決めよう。お父さんは灰原さんと一緒に富良野へ行って土地を見つけてくる。お母さんは引っ越しの業者の見積もりと、お義父さんから援助を取り付けておいてくれ。」

お母さんが言いました。

「弘子、これからお父さんとお母さんは家を空けることが増えると思うの。弟と妹の面倒をしっかり見てちょうだいね。正太と洋子はお姉ちゃんの言うことをしっかり聞くのよ。」

お父さんが言いました。

「正太、これは馬の飼育の本と、ログハウスの組み方の本だ。すぐには役に立たないけど、あっちに行って困らないように読んでおいてほしい。正太は男の子だから、お父さんと一緒に向こうで力仕事するんだからな。」

僕は引っ越しの日取りが決まるのを待ちました。お父さんからもらった本も一生懸命読んで勉強しました。しばらくしてお姉ちゃんが荷物の整理を言いつけられたと言ってきました。きょうだい3人で協力して、荷物を段ボールにつめました。いよいよ引っ越しが近いんだ。僕は期待で胸が躍るのでした。

「北の国へ」2010~旅立ち~(別バージョン)

あ~あ~~あああああ~~あ~♪
        ああ~~あああああ~♪

ある日、お父さんが家族を集めて言いました。

「今度、北海道に引っ越すことにしたんだ。お父さんの稼ぎでは東京で生活することがだんだん難しくなってきたからな。もちろん北海道での生活は最初は大変だと思う。でも向こうで頑張れば、今よりずっと良い生活ができるようになるんだ。家族みんな、きょうだい、力を合わせて頑張っていこうな!」

僕は東京から離れるのは寂しいなと思いましたが、頑張ろうと思いました。その日から、お父さんとお母さんはよく話し合いをするようになりました。知らないおじさんが話し合いに入ることもありました。

しばらくしたある日、お父さんが家族を集めて言いました。

「北海道では牧場を持とうと思う。馬を飼うんだ。」
続いてお母さんが言いました。
「弘子、正太、洋子、あなたたちには馬の世話をしてもらうからね。」

お姉ちゃんも妹も、初めてのことに不安そうでした。僕も不安でしたが、馬は好きなので頑張ろうと思いました。

お父さんが、また家族を集めて言いました。

「家は富良野に建てようと思う。お祖父さんの知り合いの灰原さんという人が勧めてくれたんだ。馬を飼おうというのもその人の提案なんだよ。」

そうか、富良野か。

「弘子お姉ちゃん、富良野ってどんなとこか知ってる?」
「北海道のちょうど真ん中で、へその町って言われてるみたいね。」
「へ~え」
「それにしてもお父さん、あんなこと言ってるけど、うまくいくのかしら。」

それからしばらく経ちましたが、いっこうに引っ越す気配がありません。僕はお姉ちゃんの言葉を思い出しました。ほんとにうまくいくのかな。

「お父さん、北海道の話どうなってるの?うまくいってるの?」

「うまくいってるかって、家族で行くことにしたんだから、正太も自分のこととして考えてくれないと困るよ。弘子も自分が何をすればいいか聞きに来てたけど、そんなんじゃうまくいきっこないよ。」

僕は馬について勉強することにしました。図書館で本も借りてきました。お父さんの言うように北海道で馬の飼育をしたいと真剣に考えていたのです。

自分の声を信じ歩けばいい

下の動画は西宮市立甲陵中学校でアンジェラ・アキがコーラス部員の前でうたっているもの。

彼女の力強さに感動し、またそして、「自分の声を信じ歩けばいい」という歌詞に、覚悟を決めて教師の道に入った2年前の自分を思い出しました。

辛くても、あの頃のことを思い出せば、迷っても、帰れる原点があれば、今日も一歩を踏み出していける。そんなふうに感じる曲です。

負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じ歩けばいいの?

負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けばいいの

いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
笑顔を見せて 今を生きていこう

中学校全体合唱 『手紙 〜拝啓 十五の君へ〜』

中学学習発表会“秋桜祭”の3学年縦割り発表でコーラスの指導に加わることになり、コーラス初心者の僕は、最近コーラスについて独自に勉強中。

その過程でNコン(NHK全国学校音楽コンクール)なるものを知りました。(今年76回をむかえる超有名なコンクールだそうですが、全くその存在を知りませんでした、、、。)

そしてYouTubeで観た、そのコンクールの去年の中学生の部課題曲、アンジェラ・アキの「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」に感動!!

聞けば去年の秋桜祭では、この曲を発表したんだとか。

この曲に心が震える15才になるための歩みを、この中学でしてほしいと思いながら、聞きました。

※コーラスは0:37から開始します。

それにしても、コーラスって本当にすごい。こんな人数で、こんなステキなハーモニーを奏でられるなんて驚きでした。アンジェラ・アキが1人で唄うのとは全然迫力が違います。

去年の今頃、私たちは。

日頃、あまり後ろを振り返ることや思い出に浸ることはしないで生きてきたし、これからもそうだろうと思っていますが、ふっと「あ〜、去年の今頃、群馬国際アカデミーに見学に行ったよね」と思い出し、すごく懐かしくパンフレットなどを見ました。昨日(一昨日?)のブログの記事や、コメント(sako,苅)を読んでいて、オモシロかったですし、触発された面があるからかも。あと苅さんの「このブログ、まだ生きていたんですね」にも笑いながら、「生きてるってこと証明しなくっちゃ」と書く気になりました。

群馬では、教師たちの、常に「毅然として媚をうらない」姿勢にびっくりしたものでした。特にあの音楽の先生!まだ20代に違いない若々しく可憐な女性なのに、まるで「鬼軍曹」のような表情。音楽ってこんなにスパルタで教えても楽しめるのね?!って感動したものでした。簡単にほめないし微笑みさえ「まるで出し惜しみするように」浮かべない。でも、でも、生徒たちは確実に伸びていっているのが見える。。。苅さんが言っていた「教師が忙しい授業はダメ。生徒が忙しく生き生き活動してなんぼ。教師の仕事は授業前の仕込み段階が勝負なんですから」というのと通じるような気がしました。

子どもたちがこの学校を出て行くときに「世の中、まんざらでもない、やってみよう!」と夢を見られるようなエネルギーを詰め込んで送り出せるために、私にできることは何なのか。教科を通して、また行事などの生活を通して、何を鍛えていけるのか。どのような光を照らしていったらよいのか。また一緒に考えたり論じたりしたいですね。

人間は「サル」や「イネ」とはちがう

『人間は「サル」や「イネ」とはちがう』

「あったりまえじゃーん」と言われそうですが、ここを分かっていない人がどれだけいることでしょう。

生物という括りでいえば、人間とイネはまったく変わりません。動物という括りでいえば、人間とサルはまったく変わりません。しかし、人間は「サル」や「イネ」とはちがいます。なにが決定的にちがうか、それは人間だけが本能を越える「精神」を持つということ。この「精神」の有無によって、人間と他の生物は大きく分けられるのです。

この違いがどれだけのものか考えてみましょう。人間は精神活動によって文化を築くことができました。それによって例えば1000年前の人間の生活と現在の生活は大きくちがいます。高品質の服を誰もが身につけ、携帯電話でコミュニケーションし、空には人工衛星が飛んでいる社会を1000年前に誰が想像したでしょう。一方、精神を持たないサルならどうでしょう?1000年前と現在とどれだけの違いがあるでしょうか?きっとほとんど変わりありません。ジャングルの中でエサを探し縄張り争いをする毎日です。

では人間は「サル」や「イネ」に比べて優れているのでしょうか?確かに文化によって生活を変えられることで得られたたくさんの優れた面はありますが、しかし、そのために失ったものもあるのです。それが「本能」です。本能を失ったことで、人間はある面では「サル」や「イネ」に比べて劣るのです。

例えば、人間は生まれてすぐにはぼんやりとしか目は見えません。立って歩くこともできません。おっぱいの位置も教えてあげなければ自力で見つけることはできません。母親の保護がなければそのまま死んでしまいます。しかし動物はどうでしょう?植物はどうでしょう?彼らは生まれ落ちた瞬間から自力で生きることができます。自分のエサは何か。すむべきところはどこかということが分かっています。サルはサルになるように、イネはイネになるようにきっちりプログラムされています。

人間はそのプログラムを自分の内にではなく、外にしか持たないのです。ですから、もし人間社会ではなくオオカミの社会で育てられればオオカミに育つのです。

精神があることによる変化の大きさ。なんにでもなることができるという可能性の大きさ。これが人間とその他の生物とは圧倒的にちがうところです。

しかし、そのことを認識せずに、人間をサル扱い植物扱いをする教員がいることが情けない。土を肥やし、水をやり、光を与えれば、すくすくと育ち、花をさかせ、実をつけると思っている。私たち教師はプログラム通り育つことが約束された苗を相手に農業をやっているのではありません。文化を享受することで、あらゆるものに変わっていける可能性を持った人間を相手に教育をやっているのです。

教育はいわば「種まき」です。人類の文化遺産をその子の「可能性」として与え続ける行為です。教育の中で圧倒的に重要な「種まき」から逃げ、他人のまいた種が伸びていくのをただ眺めていることを、「自主性が大事」とか「無理やり育てても良い実にはならない」とかなんとか言って自己弁護し、さもすばらしいことのように語ることが許せない。ちょっと外野から見過ぎなんじゃないの??

種をまかないで、何が育つというのだろう?

土を肥やし、水をやり、光を与えても、種がなければ、ただそこに土があるだけで終わってしまうことになぜ気付かないのだろう?

あぁっ、ハラ立つ!!

演者と観客はたがいに創り合う

【YouTube 紳助、ヘキサゴンコンサートからタレントと観客の関係を語る】

↑の動画では、タレントの島田紳助さんが、「お客さんの態度でタレントのテンションがどれだけ変わるか」というトークをされてます。

今年の文化祭は演じる方のレベルがすごく高かった反面、観る側のマナーが問題になっていましたが、それと通じるものがあるのではと思いました。

「お客さん、ドンドーン笑ろたら、俺天才や思うもん。天才やと思うとそん時ぐわーっと一気にしゃべりが上達すんねん。」

「全然笑わんお客さんの前でしゃべっとったら絶対アカンもん。しらーっとされたらどんどん声小さなるし、語尾が弱なる。もうオチ言わんといたろかな思うもん。」

ただお笑いと文化祭が本質的に違うのは前者は娯楽であって後者は教育であるということ。お金を払って見に行く分には、おもしろくなければ笑ったり拍手をしたりする必要はないでしょう。「個人の自由」です。ただ教育の場では、成長をするという目的があり、そのためにお互いが認め合い高め合うことが求められている場では、個人の自由は「ない」と思うのです。

観客の姿勢が仰ぎ見るものであれば、演者は仰ぎ見られたレベルでいつもの自分から一段高いところに立った自分をつくりだして演じることができること。そしてその仰ぎ見るという行為が自分の中に憧れをつくりだし、それによって観客自身も育てられるということを教えなければならないと思うのです。動画を観ながら、ぜひとも観客としてのマナーを生徒に教える機会を持たなくてはいけないという認識を強くしました。

いや、「教える機会を持つ」というのはおかしいかもしれない。現に文化祭のときには指導はされているはず。機会はあるのです。こういうものは普段の積み重ねが大きいかもしれません。

話が横道にそれるかもしれませんが、

「おもんない」「えらい(=しんどい)」

行事のたびにこんな言葉を耳にします。そりゃ楽しくおもしろい方がいいとは思いますが、こんな言葉を聞くたびに「それでいいのか、おい。」とも思うんです。

「自分の気に入ったものしか認めない。」「気に入ったもの以外はやらない」

そんな風潮があります。演目が気に入らなければ無理にやらないし聞く態度もとらないという理屈です。

こんなことを許してはいけないんじゃないでしょうか?

授業に対してでさえ、(そう授業に対してでさえ!)そんな空気があります。そりゃこちらの教え方の未熟さはあるにしても、おかしいんじゃないの?と疑問に感じます。(まぁ行事も授業の一貫なのですが、、、「祭」と付けば「楽しむためのもの」と勘違いするのも理解できるので。)

あまり言うと教師の怠慢と言われるのでしょうが、どうしてこうも食わず嫌いやわがままが通るのか。批判ではなく、本当に疑問なのです。怒りではなく成長する機会を捨ててしまうことに同情をしてしまうのです。

“生徒”の好みで授業の内容は決まるのではない。かといって“教師”の好みでもない。それでは何が授業の内容を決めているのかと言えば“社会”である。学生には現在の“社会”、そしてこの先の未来の“社会”が将来の社会人に期待しているものを学ぶ義務があるのだ。

こういうことがなぜ理解されないのでしょう。学校は、教育現場は、おそらく社会的なこの状況をどう捉え、子どもたちとどう関わっていけばよいのでしょう。

大きく話が脱線してしまいましたが、とにかく、今度の文化祭では観る側の態度が課題でしょう。観客の態度が変われば紳助さんの言うとおり、やる方のテンションが変わってくるはずです。中学でも来月学習発表会があります。数回ではありますが、これまで見てきた中学生の鑑賞態度は比較的良いと思うので、それに加えて、「やる方だけでなく観る方も発表会をつくっている」「やる方の身になって観ることがどれだけ大事か」ということを実感させたいなぁと思っています。

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