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2010-02-27
努力することが最高にかっこ良い
それが当たり前のクラス作りに、他のどの先生も、私以上の情熱で取り組める人間がいたとは思えません・・・
今日(2月27日)の3年1組担任ブログに綴られていた言葉だ。
そう言い切れる苅米先生、あなたも最高に「かっこ良い」! 誰よりもそれを一番よくわかっているのは子どもたちであり、保護者だと思う。
TOEIC940点の校長表彰のようなものが教師にもあれば、間違いなくあなたがそれを受けるだろう。野球部や陸上部の表彰なら、受けるのは監督だ。
常に最大限の情熱を惜しみなく注ぎ続ける。生徒の成長を願い、精一杯かかわっていく・・・。まさに、他の誰にもできない「指導」であったと思う。
子どもたちの可能性を引き出し、伸ばし、どんな子でも居場所のあるクラスを作る。言葉で言うのはたやすいが、身をもって実践し、それをとことん追求し、見える形にできる教師はそういない。
ベタな表現だが、それを可能にするものは、生徒と担任教師との間の「師弟愛」だと思う。それを改めて実感させてくれた苅米先生、そして3年1組の生徒たち、それを支える保護者の方々。ほんとうにありがとう!
一度は離れた「学校」という場所。4年間のブランクを経て、偶然というか(いまにして思えば必然だと確信するが)、不思議な縁によって教職に戻ることになった、ここ滋賀学園で、最初に深く関わったのがこの学年だった。
そこで見せてくれた苅米先生のパフォーマンスの高さ・・・。まさに「教師とはかくあるべし」という部分で、本校教師すべての「お手本」になる姿であったと思う。
どういう関わり方、指導法が一番いいか。それは、受ける生徒自身がどうあるかで大きく変わってくる。いくら他で最高の成果を上げた方法でも、目の前の生徒がそれを活かす形で受け止めてくれなければ何もならない。
指導は、送り手側の教師の姿勢や力量だけでなく、受け止める側の生徒の姿勢・力量にも大きく左右される。
苅米先生の指導法のすばらしいところは、自分の関わり方が最も活きるような形に「生徒を変える」という点だ。それも強制ではなく「納得させ」「自ら指導を欲する」ような気持ちに自然と誘導していくから、その成果が心底「生徒のもの」になる。
それは、何をおいても苅米先生が、自分の生きざまそのもの、コアなハート、人間の魂といった部分を、言葉だけでなく全身で表現していたからに他ならない。
もう一度言おう。
苅米先生、あなたは「最高にかっこ良い」!
そんな先生に面倒を見てもらったみんなも、「超・最高にかっこ良い」!!
☆巣立ちゆくみんなへのメッセージは、明日のブログで・・・
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