2009年3月アーカイブ

3月31日、日本的感覚で言えば今年度の最終日ということで、
何かにつけて締めくくりをしたくなる。

とはいえ、新年度に備えて、各部署で準備が進んでいるのも確かで、
締めくくりどころか、次の年度がもう始まっている。

しかしながら、机まわりの環境がまだ新体制になっていないためか、
全員で本腰を入れて業務に取り組むまでには至らず、
どうも中途半端な感じがして、しっくりこない・・・

多分、組織としてのけじめ、引き継ぎ、指示命令が不十分なことが
その原因になっていると思うが、それとて自分一人で解決できるもの
でもない。

そんな中で、なぜここまで「カタチ」にこだわるのだろうと思うことが、
とても多いことに驚いた。

「カタチ」があっても「ココロ」がなければ、何もならないだろう?

どうしてそれに気づかないのかが、全くもって理解できない。
「カタチ」さえ整えれば、それでいいと思っているのだろうか?

あなたは、何のためにそれをやっているの?

まさか子どもじゃあるまいし、そんなところからいちいち指示しないと
できないようでは、一人前の職業人として失格だろう。

加えて、我々が人を教え導く身だということを考えれば、
そのおかしさは誰が見ても明らかだ。

自分を客観的に見られ、何が大切なのかを見極められないようでは、
人の前に立つ資格はない。

重ねて言う・・・

まだ新人なら、そういうこともあるだろう。
ひとまずは許そう。

それを、何年もこの道で生きている人が、
あるいは管理的な立場であるはずの人がしているなんて、
情けないにもほどがある。

新年度、そんな次元の低い議論だけはさせないでくれ!

ふだんの生活の中で起こる、行き違いや誤解・・・

相手を信頼していればいるほど、それが大きいというか、
気持ちのずれが激しくなる。

我々のような教壇に立つ者にとって、
生徒や保護者との信頼関係は、何を置いても第一に考えるべき
最大かつ失ってはならない、大切な「糸」だ。

もちろん、生徒や保護者から見ても、その願いは同じなわけで、
お互いに理解し合い、信頼しあう関係の中で日々を過ごしたいと
思っている。

そんな「運命共同体」にもかかわらず、どうして?って思える場面で
気持ちのずれが出てきてしまう。

決して、そうしたくてやっているわけではないのに、なぜ・・・

理由はひとつ、「対話」が足りないからだ。

ちえのわブログで西村先生も書いているように、
人は「対話の中から生まれる出会い」によって自分を知る。

自分を知ることは、イコール相手を知ることであり、
生きる証でもある。

一つ屋根の下で、一緒に暮らしている家族であっても、
お互い何を考えているのか、100%わかっているわけではない。

恋人同士、親友同士であっても、そうだ。

だから「対話」しようとする。

ココロやカラダ、コトバで、お互いのわからない部分を理解しようと
しているのだ。

行き違いや誤解を恐れてはいけない・・・

それはお互いに信頼しているからこそ生まれる「ココロの叫び」だ!

昨夜のうちにトラックをレンタルし、荷物の積み込みが完了。

で、今朝再び大垣へと向かう。心配していた天気も大丈夫だったし、
ブルーシートのお世話になることもなく、ひと安心。

この春から娘と同じ職場で働く、もう一人の理学療法士さんも、
同じアパートに引っ越してくることになっていて、
こっちが着いた時には、すでに部屋の前まで荷物が運ばれていた。

鍵の受け渡しが12時だというので、それに間に合うように行くのと、
部屋は開かなくとも、玄関先までは荷物が運べると考えるのとでは、
大きな違いかもな・・・

さすが、向こうさんは用意周到、準備万端。
我が家のような、行き当たりばったりとは違うなぁ~。

で・・・

部屋に入ってみると、おおっ!

畳敷だった6畳と4畳半がフローリングに改造されていて、
汚れていた壁紙も、新しいクロスに貼り替えられていて、
おまけに電磁調理台までセッティングされてる!!

勤め先の副院長さんが話すには、
「若い女の人が入るってことで、フローリングに替えてもらったから」
とのこと。

何とも至れり尽くせりの環境・・・

ありがたいと思わなくちゃあかんでぇ~。

新しく購入した電化製品の搬入が明後日、31日ってことなので、
引っ越したはずの娘も、今日はいったん自宅にとんぼ返り。

本格的な一人暮らしは明後日からになるようだ。

以上、昨日今日と我が家の話題で失礼しました・・・

娘の引っ越し

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今日は先日、それぞれの旅立ちってことで、このブログで紹介した
娘の引っ越し準備に追われた一日だった。

実際に荷物を運び入れるのは明日、日曜日なんだけど、
冷蔵庫や洗濯機といった電化製品は現地で調達しようと、
周辺の下見も兼ねて、大垣まで行くことにした。

幹線道路は片側二車線で、街はけっこうひらけた感じがするし、
少なくとも彦根よりは都会かなぁ~って印象かな。

イオンはじめ、大きなモールも近くにあるし、住みやすそう・・・

ほんと、こっちが一人暮らししたくなるくらい。

人間誰しも、いろいろなところに気を遣って生きている。
それはそれで当然だと思うし、気遣いを忘れてはいけないとも思う。

でも、気を遣うがあまり、自己主張を忘れたり、自分を曲げたり・・・と、
自分の気持ちに正直になれないとしたら、それはそれで不幸だ。

というより、
正直さを欠いて人に接することは、やはりよくないことだろう。

第一、相手に失礼にあたる。

自分に向けられた気持ちが偽りないと思うからこそ信頼し、
仲間意識が生まれるのだ。

大人なら、いつもいつも自己主張をしてばかりじゃなく、
周囲のことも考えて行動しろよ・・・なんて、
あたかもそれが正しいかのようなことを言う人がいる。

果たして、ほんとうにそうなの?

それを、最初のところからオブラートに包み、ホンネを見せないなんて、
誤解が生まれて当然じゃないのか。

ホンネとホンネの真っ向勝負・・・
喧嘩になってもいいから、自分の思いをぶつけ合ってこそつながれる。

僕はそう思っている。

さもそれが、ものわかりのいい大人だと言いたげな、
外面あわせだけはやめてくれ!

新年度をスタートするにあたり、まずみんなにそれを伝えたい!!

優先順位

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routine work のような決まり切ったことなら
あまり気にする必要もないだろうが・・・

日常の仕事に優先順位をつけてやっているかどうかってことは、
けっこう大きな意味を持っている。

目の前に飛び込んできた仕事を、とりあえず片付ける
やりたくないことは後回しに、好きなことからやってしまう

現実は、さまざまだ。

仕事の好き嫌い、得意不得意、やる気のあるなし・・・
仕事の対象、依頼者は誰か、誰が喜ぶか・・・

そういったいろいろなことを思い巡らし、仕事に順序をつけている。

順序を考えられる時なら、まだマシだろう

緊急を要する突発的な仕事がいきなり飛び込んできたら、
そんなことは言っていられない。

途中の仕事があろうが、やり残しがあろうが、
とりあえずそれを放り出して、対処しなければならない。

すぐに済んだらいいが、長引くようだと大変だ。
仕事の予定が狂いに狂って、つけておいた段取りが無駄になる。

焦って仕事をするハメになれば、ミスだって出やすくなるだろう。
やればいいやと、仕事のクオリティにさえ影響してくるかもしれない。

仕事をする上で一番大切なことは”余裕”だ。

やることがいっぱいあって超忙しいのに、余裕があるわけないやろ?
おっしゃるとおり、そう言いたくなる気持ちはよくわかる。

でも、そんな中で仕事に埋没しては何も見えなくなるし、
正しい判断ができなくなる恐れがある。

余裕とは、気持ちのゆとり・・・

100%、いや120%の力を出して仕事をしている時でも、
気持ちだけは、どこか自由さがあるというか、
bird-eye 的な視点というか、

あることに没頭すればするほど、自分をいかようにも動かせるように、
常にココロの自由度を高めておくことが必要だと思う。

そう・・・

鳥になって、仕事という大海を渡っていくのだ!

コトバの重み

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先生というのは・・・

生徒の前で、相手が望む・望まないに関わらず、自分の思いを
コトバにのせて伝える場を与えられている。

「いいか、よく聞くんだぞ・・・」

話の内容がどうであれ、生徒はそれを正しいこととして受け止め、
守り、実行しようとする。

先生が、生徒に聞いてもらえるような話をするのが当然だろうが、
仮につまらない内容であったとしても、”聞かない”という選択肢は
ふつう用意されていない。

ある意味、強制力をもって、生徒は”聞かされる”。

さて・・・

果たして、いったい何人の先生が、そのことの「重み」をわかって
いるのだろう?

一定時間、生徒の耳を自分のコトバで占領しているのだ。

もっと気を遣え!

3学期終業式

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今日は3学期、そして今年度を締めくくる日。
高校体育館に全校生徒が集まり、終業式が行われた。

  

3年生はすでに卒業しているので、全校生徒といっても1・2年だけ。
少し体育館が広く感じられるような気がした。

式辞の中で学校長から、
 ・輝かしい成果を上げた先輩に追いつき、追い越してほしい
 ・本校にいる素晴らしい先生たちの下で努力しよう
 ・新入生に、よき模範を示そう
という3つの願いと、

希望する大学への進学を果たした3年生が残したコメントから、
「高校2年生の時期に努力しておかないと、3年生になってからの
勉強が非常にキツイ」という体験が語られ、

何のために勉強するのか、なぜ勉強するのかをよく考えてほしい

・・・という話があった。

続いて、大学に転勤される先生、今年度末で退職される先生から
挨拶があり、本校での思い出とともに、この学校でますます頑張って
ほしいという話しがあった。

大掃除の後、各クラスでは締めくくりのホームルームが行われ、
担任から一年間の振り返りと、来年度に向けての願いが示された。

次の全員が顔を合わせるのは、4月8日の始業式。
1年生は2年生に、2年生は3年生に進級して、新年度のスタートだ。

みんな、有意義な春休みを!

夜、中高一貫の先生たちが集まっての「送別会」
今年度末で学校を離れる2名の先生へ、感謝とエールを贈る。

それぞれ、新たな道を歩み始める先生にとって、
最終決断はもちろん自分が下したことに間違いはないが、
そこには・・・

目に見えない"他者"の力がはたらいているような気がする。

いままで、自分に関わり支えてくれた数多くの人たち。
生きている人もいれば、すでにこの世には存在しない人もいるが、
そういったすべての人が、自分の決断を見守っていてくれるような、
そんな気がするのだ。

さまざまな人生の分岐点にあって、レールを乗り換えることは
予想できない展開が待ち受けている。

自分にとって都合のいいこともあれば、反対に
「それはないだろう」と思うような、極めて厳しいこともある。

しかし・・・

いずれにせよ、自分が乗り越えていく道だ。
自分で責任をとっていかなければならない。

自分は、我が身一人であって、そうではない。

自分の周りにある、有形無形のさまざまな"思い"に支えられて、
いまの自分がここにいるんだってことを感じてほしい。

そんなことを改めて強く思ったひとときだった。

いよいよ3月も、残り10日を切った・・・

学校では、明日が人権学習で、明後日が終業式。
今年度の学校生活もひと区切り、新学期へと歩み始める。

我が家でも、一番上の娘が4年間の学生生活を終えて就職。
勤務する病院が大垣なので、家を出ての一人住まい。
用意してくれたアパートの下見に行くことになったというので、
付き合わされる。

 

ちょっと古びた感のある4階建てのアパートの最上階。2LDK。
月額15,000円の家賃はめちゃ安っ! その上、半額を病院が
負担してくれるし、駐車場代もタダという、なんとも好条件。
贅沢はいえないだろう。

引っ越しは、今度の日曜日(29日)。
とはいえ、全く準備ができていないようだ・・・。

おいおい、大丈夫か?

真ん中の息子は、アルバイト三昧。
これまで貯金したバイト代で、ようやく自分の車をゲット。
3月末までには届くらしい・・・。

親の車の”間借り”生活にも、終止符やな!

3番目の娘は高校を卒業し、いよいよ大学生。
石川県の教習所で19日間の合宿免許講習を終え、
明日、守山の免許センターに学科試験を受けに行くとのこと。

しかし・・・、もう車を運転できる歳になったとは??

我が子が成長した分だけ、自分が歳を重ねていくわけで、
今年の誕生日が来ると、50歳・・・

そろそろ子離れ。
新たな人生のステージが始まるのかなぁ~って思う。

仕事(学校)も、年度末から次年度へと、そろそろシフトチェンジ。

先生の言葉、一言一言が胸にズスンと・・・
先生なら納得のいく話ができる・・・
先生のアンテナ無限大↑最高・・・
50歳パワーで、これからもよろしく・・・

学年末の保護者会の後、ありがたいメッセージをもらった。

嬉しくて、涙が出そうになった。

期待に応えられるよう、できる限りの努力をしたい。
新年度、さらなる精進をここに誓う!

少しでも保護者の方々に来ていただきやすいようにと、
今日(土曜日)開催した、第2学年の学年末保護者懇談会。

会場を見渡すと、いつもよりお父さんが多いなぁ~という印象。
土曜日だと、そうなるのかな。まっ、それもいいことやん・・・

そんなことを考えながら、10時からの全体会を始める。

最初に、軽く一年間のまとめと、今日の保護者会の流れを話す。
メインは、本来なら新年度が始まって4月に行う進路説明会を、
今日に持ってきたということ。

2年生の成績が出たこの時点で、来年度、めざす進路希望実現の
ために、いつ・どういうことを考えていかなければならないのかを
しっかりと理解してもらいたかったからだ。

続いて進路指導部長から、来年度の行事予定に沿って、どのような
流れで進路指導を進めていくのか、三者面談、模試、ガイダンス、
書類提出の流れ・・・などなど、詳しい説明をしてもらった。

大学全入時代とはいえ、人気のある上位大学への進学は厳しく、
加えてAOやセンター利用入試、個別入試など、受験機会が大幅に
増加し、それに伴って手続きも複雑になってきている。

自分の行きたい大学、それも「何のためにその大学に行くのか」と
いうことをまず明確にした上で進路選択をしていかないと、
ただ周囲に流されて気持ちだけが焦り、確固たる目的もないまま、
受験への道を歩むことになってしまう。

それでは困るのだ!

その後、補足として学生支援機構の奨学金について担当者から
話をしてもらい、保護者にとっては大きな負担となる学費について、
意識を高めてもらった。

最後に、最終学年を迎えるにあたって、
(1)今一度、高校入学時の気持ち(夢や希望)を思い出してほしい
(2)欠席をしない
(3)これくらいでいいやと思うと、それ以上成長しない
(4)高校3年生が親離れ・子離れの完成時期
(5)世界に目を向け、社会の動きに敏感になれ
といったような話をして、全体会を締めくくった。

その後、各クラスに別れ、HR教室でクラス懇談会。
担任から、一年間のまとめと通知票渡しがあった。

職員室に戻ってきた担任の先生は、みんな晴れ晴れした表情ながら、
どこか名残惜しそうで、この一年間、保護者と一緒になってクラスを
運営できたことを実感していたようだった。

子どもへの思い、教育に賭ける情熱、先生たちの団結・・・など、
どの学年にもましてすばらしかった第2学年団。

そんな仲間たちと一年間過ごせたことを、誇りに思う。

ありがとう!

今日は午前に高校の、午後には中学の新入生オリエンテーション。

基本的には事務手続きというか、入学に備えての諸連絡が中心だが、
学校の指導方針等を学習面や生活指導面に分けて、直接保護者に
話す、いい機会でもある。

もちろん、新しくこの学舎で勉強することになった子どもたちは、
初々しさの中にも希望に満ちあふれた表情をしている。

新しい息吹を送り込んでくれそうで、こちらの期待感が一層かき立て
られるような感じだった。

 

気の合う仲間との語らいは楽しい・・・

お互いプライベートな部分は持ちつつも、「あ~せい、こ~せい」と
まるで我が事のように首を突っ込み、”指導”?が入る。

 

他人事だから、おもしろがって言っているんじゃないよ

楽しい時間を過ごしてほしいから
シアワセになってほしいから

みんなで後押ししてるんだからねっ!

あま~い誘惑

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今日の3時間目、中学1年生の理科の授業最終回・・・

すでに学年末考査が終わり、答案返却も前回済んでいるので、
お約束の”お楽しみ実験”ってことで、ちょっと幼稚かな?と思いつつ、
「べっこう飴」づくり。

用意したものは、砂糖(上白糖)、アルミカップ、つまようじ。

手順・・・って言っても、アルミカップに適当な量の砂糖を入れ、
少しの水を加えて溶かす。(水を入れすぎないように注意)

  

つまようじでかき混ぜながら(アルミカップを破かないように)、
加熱して、やや黄色みがかってきたところで火から下ろし、冷ます。

  

たった、これだけ!

できた飴を得意げに見せてくれたのは、お料理大好き?女子チーム。

 

火から下ろすタイミングを変えたり、水をくんで冷やしたりと、
こちらが何も指示をしていないのに、自分たちでいろいろ工夫しながら、
どんどんうまく作れるようになっていく。

さすがやん!

それに引き替え、何でも大ざっぱな男子チーム。
なかなか黄色くなってこないと気を抜いていると、一気に色が変り、
火から下ろすタイミングを逃し、余熱でどんどん茶色くなっていき、唖然・・・

ほらね、だから慎重にやれって言ったでしょ!

とは言うものの、コツをつかめばしめたモノ。
みんな、自分の”お気に入り”べっこう飴が完成し、大いに喜んでいた。

時間終了のチャイムが鳴ってから後始末をしたチームがあって、
次の授業に入るのが少し遅れた生徒がいたようで・・・

英語の先生ごめんなさい。

模擬授業vol.3

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毎週水曜日に行っている自主的な校内研究会「ちえのわ」。

『夢を語る教育』をめざす若手教員を中心に、先輩に学び、
さまざまな教育議論や実践を交換し合っている。

今年になって、継続的な授業研究の取り組みをしようと、
20分程度の公開模擬授業を続けている。

今日はその3回目、英語科の小林先生の「英語Ⅱ」

 

自分の中学・高校時代を振りかえると、
「当てられたらどうしよう・・・」「うまく読めるやろか?」って、
どちらかというと苦手意識を持ちながら、構えていた英語の授業。

なのに、小林先生の授業は・・・
そんな不安を吹っ飛ばしてくれるような、すごく楽しい時間だった。

みんなが声をそろえて、「中学時代からこんな授業を受けていたら
きっと英語が好きになり、もっと話せるようになったはずやわ~」と、
思わず叫んでしまった。

 

聞き取り、ペアになってのリーディング、ブレスポイントを意識した
英文→和訳文のシャドウイングなどなど、自らが積極的に声を出し、
相手と"会話"することに重点を置いた、ナチュラルなプログラム。

とにかく、自然に声を出してしまう
臆せず、どんどん英文を読んでしまう

特別なことじゃないのに、大人であっても夢中でやってしまう・・・

単純なワークのどこにそんな仕組みが隠されているのか。

たぶん、"読む・聞く・話す"というコミュニケーションの当たり前の基本を、
濃縮ジュースのようにギュッと絞って体感させられているからだろう。

「コトバ」は相互理解の道具、「ココロ」の架け橋だ。

関わり合うからおもしろい!
それを実感したひとときだった。

理科や数学の授業でも、そんな場面がつくれないか・・・

つくりたい・・・、いや・・・、つくろう!

次回の模擬授業は、3月24日。終業式の午後に行う予定だ。

学校に限らず、いろいろなところで行われている行事・・・

「去年もあったし、今年もやらなくちゃ」
「内容は、だいたい同じでいいよね」

ややもすると安易に流れ、前例の通りに踏襲されていく

前年度の総括がどうであったのか(総括すらしていない場合もある)
改善点はなかったのか

まるで、その場限りの「帳面消し」

形だけ済ませればいいとでも思っているかのようないい加減さで、
何の疑問も持たずに物事が進んでいく。

でも、よく考えてみよう・・・

目的のない行事なんて”ない”のだ!

その行事って、いったい何のためにするの?
何をめざし、何を得ようとするの?

行事の大小にかかわらず、日頃の小さな取り組みひとつにしたって、
目標があるから”がんばれる”のだ。

生徒に説明する時だって、まず、何のためにするの?ってことを
きちんと説明しないとあかんやろう。

でも現実は、これが抜け落ちている人がけっこう多い。

だから、子どもたちは心底がんばれないし、
みんなで努力するすばらしさを味わうところまで意識が高まらない。

今の子どもたちの多くは、何でもかんでもしてもらって当たり前で、
ちょっとでも「自分たちで考えなさい」って言おうもんなら、
「何にもしてくれない」だの「してくれるはずやのに」と、ブツブツ文句
を言うばかり。

ちっとも、自分から汗をかいて、がんばるってことをしない。

そんな子どもたちに、みんなでがんばる楽しさを教えようとすれば、
一生懸命にさせる”モノ”が必要だ。

それが、「何のために」という目的なのだ。

みんなでがんばる楽しさを覚えた子どもは、仲間のためにがんばれる。
自分のわがままを抑えて、みんなのためにがんばれるようになる。

行事はそのためにあるもので、その行事に関するいろいろな取り組み
の中で、先生が褒めたり、怒鳴ったり、仕掛けたりしながら、子どもたち
を指導していくのだ。

先日の「そもそも論」でも書いたが、まずはそれをすることの意味を
考えてこそ、物事が始まるのだと思う。

御忌法要

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昨日と今日の二日間、お寺で『御忌会』が行われた。

今年は当番ではないので、今朝7時半からの総御講にお参りする
だけで済ませた。

同時に行われた檀家総会では、平成23年3月に予定されている
『法然上人800年大遠忌法要』にあわせて発刊する記念誌で、
各檀家が1ページずつ「家族の姿や子孫に伝える思い」を綴ること
になっており、その概要について説明があった。

実は、この記念誌の編集を僕が担当することになっていて、
先日来、世話方さんと何回かの打ち合わせをして、6パターンの
作成見本を作ったばかり。

使うのはIllustratorで、印刷・製本会社にそのままデータを渡す形
で進めるつもりだ。

各檀家の要望を聞き、写真やコメント、図版などをレイアウトする
作業は、相当大変だろうと思う。他のページもあわせて、全部で
150ページあまり。仕事の片手間にやるには、少々つらいかも・・・

まっ、これも”修行”ということで、がんばってやらせてもらおう。

反貧困

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今日の午後、近江兄弟社学園で行われた第20回滋賀私教連定期大会。

特別企画として、千代田高校(大阪)の嵯峨山聖先生から聞いた、
『本物の私学の学びとは』と題する、文化祭取り組みを中心とした講演は、
すごかった。

 

嵯峨山先生は、千代田高校で教師生活4年目の若手教師。
先日、3年間持ち上がってきた初の卒業生を送り出したばかり。

「大阪の高校生に笑顔をくださいの会」の代表団として橋下知事と対談し、
私立にしか行けないと言われたんですよ・・・と、涙ながらに発言していた
生徒も、嵯峨山先生のクラスの一員だ。

生徒会活動を中心に行われている、奪われてきた学力を回復するための
独自の取り組み・・・「KGノート」や「充実ノート」を土台に、学校行事で追求
される学習活動の数々。

そんな中、今年の文化祭に向けての取り組みとして生まれた、
自分たちに押し寄せている、すさまじい”貧困の実態”を、自らが真正面で
受け止め、語り合い、学習を深め、まとめ上げた『反貧困』のメッセージ。

約20分間にまとめられたスライドムービー『ホームレス高校生』は、
見る者に”感動”という言葉で語るには軽すぎるような現実と、その中で
自分たちなりに一生懸命、けなげに生きる高校生の逞しさを与えてくれる。

ややもすれば逃げたくなるような現実に対して真っ向勝負を挑み、
「いま自分たちにできることは何か」を前向きに捉えていこうとする高校生。

閉塞感あふれる社会情勢に押し流される中、我々大人が忘れかけている
「お互いの存在を認め合い、成長を喜び合う姿」がそこにはある。

学ぶことによって成長することが、こんなにもすばらしいとは・・・

素直になることで見えてくる、計り知れない”人間のパワー”を感じた。

人生・・・捨てたもんじゃないって!

今年度の総括というか、総仕上げに一生懸命でありながら、
その一方で来年度の計画が、どんどん決まっていく時でもある。

今日も、父母と教師の会の新旧役員引き継ぎがあって、
5月に行う総会までのスケジュールを調整した。

ある部分は今年度の体制で物事が進み、
別のところでは新年度の役割分担で動き始めている・・・

決まっていても、まだオープンにできないことだってあるし、
どうも居心地が悪いというか、スッキリしない部分を抱えざるを
得ない中途半端な感覚。

怒濤のように仕事が押し寄せてくる中にあって、
疲労感が倍増する原因のひとつがそれかもしれない。

決めたことは、すぐにでも取りかかりたい・・・

そんな気持ちを強く持っている僕としては、
なんだかモヤモヤしたものを持ちながら過ごすこの時期が、

ある意味、苦痛かもしれない。

簡単に答えられるなら苦労はしない

・・・っていうか、

具体的に答えられそうで、言葉に詰まる?
答えにくそうだけど、実は正解がいっぱいある?

そんな感じがしないでもない。

ある人は、こう言っている・・・

「実践で、大事なことをやっている! 面白い! 応援してやろう」
と保護者や生徒から評価されるようになること

そして、そうした「要素」を創造している努力の結果を、
外にむかって発信する力をつけること

なるほど、極めてシンプルだが、核心を突いている。

昨日のブログで、保護者に対してオープンであるべきだと書いた。

もちろん生徒に対してもそうだが、理解してもらおうとするなら、
まずこちらから心を開かねば、何も始まらない。

心と心の結びつきがあるからこそ、信頼が生まれるのだ。

『自分がしてほしいことを、相手に対してするだけでいい・・・』

どこかで聞いた言葉が、いま鮮やかによみがえってきた。

そう思っていたら、大間違いだった!

どういうわけか、今回の学年末考査期間中は、超・超・忙しい。

会議や打ち合わせで、予定通りコトが運ばないのが最大の要因だが、
本来ならもう少し時間が読めるはずなのに、それがうまくいかない。

しかし、今年度の総括と、来年度に向けての大切な話し合いだし、
時間を惜しまず、納得のいくまで議論を深めたいと思っている。

てなわけで・・・

昨日、今日と、誰もいなくなった職員室で「試験問題づくり」

もうすぐ22時
あ~、また今日もセコム当番や・・・

美学に反するが故に、一番やりたくなかったはずのセコムセット。
ところが現実は、連日「セコムラー」化している自分がいる。

困ったモンだ

話変わって、このブログ・・・
けっこうファン?というか、読んでくれている人がいるみたい。

生徒たちはもちろん、保護者も。

各担任のブログも、それぞれ個性があってなかなかおもしろいし、
教育観というか、大きくいえば人生観が伝わってきて、味がある。

なんといっても、隠し事なし! オープンなのがいい。

保護者に対してオープンだということは、とても大切なことだと思う。

ややもすると、学校内部のことはあまり表に出したがらないものだが、
本来は、そうではないはずなのだ。

保護者と学校(教師)が手を携えて子どもたちの成長をサポートする。
それが学校のありようだ。

そうしようと思ったら、お互いが腹を割った話ができないとダメだろう。

議論ができない組織からは、何も生まれないぞ!

学年末考査、前半の二日間が終わった。

「どや? 調子は?」
「難しかった~」、「できたと思うで~」・・・

それぞれの得意・不得意もあって、返事はさまざまだが、
終わった後の表情は、みんな明るい。

そんな中、今日から修学旅行中の写真展示が始まった。

クラスごとに日時を分け、掲示された写真をチェック。
今日は試験終了後、3時間目に2・3組、4時間目に1組。

ほしいのものがあれば、袋に番号を記入し、代金を添えて申し込む。

  

「どっちの表情がいいやろ~、なぁ・・・先生、どう思う?」
「どっちもかわいいって!」

決してテキトーに返事をしているわけではなく、事実そう思う。

  

青春の1ページ! (・・・って、今じゃ言わないよな)

みんな、いい笑顔してるやん!

中学時代・・・

自分の写真を注文するふりをして、好きな女の子が写った写真の番号を
こっそり袋に書いた。

写真屋さん、おかしいと思わへんやろか・・・

ドキドキしながら写真がくるのを待ったことが懐かしい。

そもそも論

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今日から、高校では学年末考査が始まった。
中学は明日から学年末考査だ。

毎日の仕事に追われ、日常生活でもいろいろなことでバタバタして
いると、「そもそも論」や「原理原則」を見失ってしまいがちになる。

本来は「手段」であったことが、日常生活に埋没してしまい「目的」化
してしまう場合や、本来の目的とずれ始めているのに惰性で流れて
しまっている場合など、時に立ち止まって、原点に返ることが必要だ。

そもそも・・・

なぜ、これをしているのか?
どうして、そうしたいのか?

そうやって自問自答しながら、どんどん掘り下げていく。

そして、それをみんなで共有する。

そうやっていくうちに、目的がハッキリしてきたり、新しい行動計画が
生まれたりする。

何よりもまず、「そもそも論」を現場で盛り上げること。

日常的に、いろいろな場面で「そもそも論」を展開してこそ、統一感
のある指導ができるのだ。

ぶれない軸足をつくるには、何よりも大切なことだろう。

内田洋行教育総合研究所が運営しているWEB「学びの場.com

教員や保護者の方をはじめ、教育に興味のある人に教育情報の提供と
相互交流の支援を行なうWEBサイトだ。

その中のコンテンツの1つに、
「教育つれづれ日誌」がある。

現場の先生や教育を学ぶ学生などが日替わりで執筆する教育エッセイ
で、日々の授業や学級経営での出来事をはじめ、教育問題・行政・政策
についての意見や思いを寄せている。

今回、この4月から始まる第五期の執筆者の一人として参加することに
なった。期間は9月末までで、隔週で記事をアップしていく予定。

詳しくは、第1回が掲載された時に改めてお知らせしたい。

今日、午前10時から、昨年11月末に一年留学から帰国した留学生の
帰国報告会が行われた。

 

昨年1月末から11月末までの約1年間、ニュージーランドで留学生活を
送った中高一貫1年の留学生(1名)と高校2年の留学生(8名:1名欠席)
の、あわせて9名が出席し、それぞれが学んだことを英語でスピーチした。

  

スピーチが終わると、ひとり一人に対してALTのジェイソン先生とリーアン
先生から講評があり、それを受けて、現地と連絡を取り合いながら一年間
留学生を見守ってきた、国際教育部の森先生からコメントが添えられた。

  

我が子の成長ぶりを確かめるかのように、熱心に聴き入る保護者の目は
うっすらと潤み、改めて留学での子どもたちの変容ぶりに感動していた。

英語力もさることながら、日本にいたら決してできないような貴重な体験を
数多く経験し、人間としてひとまわりも二回りも成長したことは間違いない。

見た目にはさほど変わらずとも、自立心や我慢強さ、思いやりなど、人間
としての「心」の部分で、見違えるほどに大きく、太く、強くなった子どもたち。

これからの高校生活でどこまで”進化”してくれるか、大いに期待したい。

 

月曜日からの学年末考査を前に、今日が今学期最後の授業。
みんな、満足のいくカタチで終われただろうか・・・

昨日・今日と放課後の図書館がえらく賑わっている。

もちろん試験に備えて勉強(先生への質問)をするためだが、
やっている教科は、ほとんどが「数学」なのだ。

以前から、本校生徒の傾向の1つに、「数学」が弱いということが
あげられたいたが、まさにそれを証明しているかのような光景。

いま焦るくらいなら、授業中もっとしっかりやっておけよ・・・と
言いたくなるところだが、そんな単純な精神論で片づく話ではない。

高校数学を教える以前に、中学校段階から、いやその前の
小学校にさかのぼって、一から出直すくらいの心構えで、
生徒たちがどの段階で、どんなつまずきをしているかを見極め、
授業はもちろん、放課後の補習等、なんらかの手立てを講じて
行くことが必要だ。

それなくして、学校全体のレベルアップはあり得ないと思う。

今年度、理科の他に、中学2年と高校1年で数学を教えているが、
自己反省も含めて、来年度以降”放課後数学塾”のような形で、
具体的な動きに着手したい。

時間割変更で入った今日の7時間目、中学3年生(特進コース)の
理科の授業・・・

学年末考査も昨日で終わり、テスト返しも4時間目に済んだので、
ちょっとお楽しみ実験でもやるか?ってことで、急遽買い出しに。

用意したものは、牛乳(成分無調整)、生クリーム(動物性)、
空のペットボトル(500ミリリットル)、あとは食塩、おまけでクラッカー。

 

手順は次の通り。

(1) ペットボトルに牛乳(100ミリリットル)と生クリーム(100ミリリットル)を
 入れる。

  

(2) ペットボトルのふたをしっかりとしめて、勢いよく上下に振る。しばらく
 振り続けると、牛乳と生クリームが混ざって、ホイップ状になってくる。

 

(3) さらに振り続けると、固まりができはじめ、急に手の感触が変わる。

(4) 固まり(これがバター)が確認できたら、振りを弱める。
 そのまま強く振り続けると、せっかく固まりかけたバターが分離してしまい、
 ドロドロのヨーグルト状に戻ってしまう。
 (その場合は、氷水などに浸けて冷やしてから、もう一度ゆっくり振る。)

(5) バターがひとつにまとまったら、ペットボトルをカットし、取り出す。

 

*でき上がったバターがやわらかすぎる場合は、氷水などにペットボトル
 ごと浸けて、冷やす。

さて、まずはでき上がったバターだけを食べてみよう。

えっ? なんだか薄味?
そう、今回作ったバターには塩が入っていない、いわゆる無塩バター。
好みに応じて塩を加えると、有塩(加塩)バターになる。

でも、そのプレーンな味が、また格別!
作りたてのバターはおいしい!

次に、クラッカーにぬって食べてみる。
これも大好評!

このバター作りは、結構長い時間ペットボトルを振る体力が必要だ。
でも、子どもたちはできあがりを楽しみに、喜んで「ふりふり」。

作りたてのバターの香りはとてもすばらしく、舌の上でとろりと溶け、
まるでホイップクリームのよう・・・。

単純な実験だったけど、手作りをその場で味わうことができ、
卒業を前に、ちょっと「ほっこり」した時間だった。

模擬授業

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毎週水曜日の放課後、「ちえのわ」という校内研究会をやっている。

ひとことで言うと、『夢を語る教育』をめざす若手教員の集いで、
いろいろな角度から、教育に関する議論や実践を行っている。

で・・・

今日の「ちえのわ」で、2回目の模擬授業が開催された。

  

担当は西先生(理科) の『生物Ⅰ』

「ココロに火がつく」「アタマから離れない」「カラダで覚える」の
3つをテーマに、目のつくりについての授業だった。

同じ理科の担当教員として、いくつもの発見があった。

どういう意図をもって、何を学んでほしいか
そのためには、どういう方法で教えるのが効果的か

キチンと計算された展開と、素材準備がすばらしかった。

そして、何よりも能動的!
これなくして、授業は語れない。

テーマの1つ、「カラダで覚える」は十分達成されていたと思う。

さて・・・

今回で2回目となった、「ちえのわ」模擬授業。

50分間フルに行う模擬授業ではなく、ふだんの授業の一部を
15~20分程度切り取った形で行うもので、ひとつの手法というか、
教授法の紹介(演示)みたいな感覚で、とても新鮮なものだ。

第1回は、加藤先生(情報科)の『情報A~情報とは?』 (1月29日)

第2回が、今日の西先生の授業

第3回は来る3月17日(火)に、小林先生が英語の授業を行う予定
すごく楽しみだ。

月日の経つのは早いもので・・・なんて書くと、
極めて平凡、えらくオッサン的で、イケテナイ感じがするが

事実だからしかたがない!

いま、学校の机で作業中
19時半・・・、まだまだ序の口だ。

ほんとうに時間の流れが速すぎると思える、今日この頃

やりたいことが山のようにあって、コレが終われば次はアレって
もしかしたら永遠に終わらないんじゃないかって思えるほど。

でも・・・

決して、サボっているわけじゃない!

それなりにハイペースで、テキパキと片付けているつもりだし
事実、でき上がった書類とか、処理した仕事とか

形になって残っているのに・・・だ。

もしかして、やったことに満足していないのか?

そんなことはない・・・
完璧とまではいかないが、それなりに満足できるレベルだ。

なのに、どうして?

思うに、やらなければならないことを先行するあまり、
やりたいことが、十分にやれていないのだろう・・・

時間が足りないとは言いたくない
時間に振り回されるくらいなら、時間を使い倒してやりたい

だって・・・

時間は創り出すものであって、消費するものではないから。

やりたいことをやる時間を、どんどん創るのだ!

教壇に立つ側としては、「学年末」という言葉に
けっこう大きな意味があるというか・・・

とても大事なものとして、しっかりした足取りでたどり着きたい
重要なもの(ところ)であることは間違いない。

一年の区切りというか、

別にこの一年で完結することがどれだけあるか、
むしろずっと続くことの方が多いのだけれど・・・

「ここまでやったんだ」
「こんな、まとめかたをしたんだよ」って

けじめをつけたい・・・

そんな感じがするものだ。

それは、教科の勉強かもしれない
クラブや委員会、生徒会活動かもしれない

一年をサイクルとして繰り返される学校生活の中で、
いや、大人になっても年度替わりのけじめとして、

生活の節目にあたる時期だからこそ、大事にしたいと思う。

今週いっぱいで今年度の授業が終わる・・・
そして学年末考査。

子どもたちは、どんな思いでこの時期を迎えようとして
いるのだろうか。

たぶん、ココロではけじめをつけたいと思っているに違いない。

それがどれだけ形になり、結果を残せるか・・・

願った分は、必ず自分のものになって返ってくる
ということだけは間違いない。

うららかな春の陽射しが彩りを添える佳き日、今日3月1日。
滋賀学園になって10回目の卒業証書授与式が盛大に行われた。

6年前、中高一貫コース開設とともに入学した一期生が卒業する
記念すべき年だ。

午前10時、「卒業生入場」の言葉が高校体育館に響き渡ると、
扉が開かれ、担任の先導でクラスごとに卒業生が入場。

 

保護者や壇上の学校関係者、来賓が大きな拍手で迎え、開式。

 

国歌斉唱、校歌斉唱と続き、厳かな中にも温もりの感じられる空気が
体育館を包んでいく。

 

続いて、卒業証書を授与される200名が各担任から呼名され、
元気よく返事をして、起立。

壇上からひとり一人を見つめる学校長の目は、厳しい中にも慈愛にあふれ、
今日の日を迎えられた喜びに満ちた親心のような、温かなまなざしだった。 

 

総代を務めたのは、前生徒会長の安居瑞樹くん。

学校長から卒業証書が手渡され、これまでの頑張りをねぎらう言葉を
かけてもらい、がっちりと固い握手を交わす姿はステキだった。

   

式辞で学校長からは、まず中高一貫コース初の卒業生が巣立つ喜びに
ふれ、インターハイで6競技45名という県下一の出場者があったこと、
また全国英語スピーチコンテストで準優勝の栄冠に輝いたことなど、
まさに「文武両道」をいく本校に誇りを持ち、さらに高い目標に向かって
精進してほしいとのお話しがあった。

 

また、「誠実・忍耐・努力」の校訓を常に心に留め、今に自分の境遇に
感謝すること、流れゆく時間は戻らない、時間そのものの質を高め、
新しいことにどんどんチャレンジしてほしいとのエールが贈られた。

続いて、東近江市長代理の小川脩哲教育長から祝辞があり、
相田みつをの「一生感動、一生青春」の言葉を引き合いに、
人間は理屈で動くものではく、心からの感動で動くものだということ、
目標に向かって努力する日々そのものが輝きであることが語られ、
日々感動する人生が青春だ!という言葉で締めくくられた。

 

その後、来賓紹介、祝電披露があり、卒業生代表から卒業記念品の
目録が学校長に渡された。     

 

在校生を代表して、生徒会長の大町竜司くんからの「送辞」。

先輩のやさしさ、行事等でのリーダーシップに感謝するとともに、
みんなが心を合わせてやれば、立派なものができることを実感した
ことを報告。この伝統を受け継ぎ、さらに発展させていくことを誓った。

 

卒業生代表の「答辞」は、前生徒会副会長で中高一貫コース6年間を
滋賀学園で過ごした新島有佳さん。

6年前の出逢いから、短期海外研修、長期留学で得た経験が、自分を
大きく成長させ、いろいろな学校行事の中で、生徒会という一本の線で
自分が結ばれていたことが嬉しかった。

全速力で走り抜いた6年間・・・これほど友人、先生、親のありがたさを
感じたことはなかったという。

最後に、お父さん・お母さん、ありがとう! 私はあなた方の子どもで
あることを誇りに思う・・・と感謝の気持ちが述べられると、会場からは
喜びの涙声が聞こえた。

 

式歌「best friend」を卒業生全員で歌い、フィナーレ。

大きな拍手に贈られ、体育館を後にする卒業生の表情は、みんな
大きな自信に満ち、晴れやかだった。

 

式の後、父母と教師の会会長の二橋省之さんから、先生方に対し
これまでの指導に感謝するとともに、保護者としてこれからも学園を
盛り上げていきたいと挨拶があった。

 

また、第3学年団から保護者に対し感謝の言葉が述べられ、各クラス
ごとに教室で謝恩会が開かれた。

 

《おまけ》

中高一貫コースでは、日刊で学級通信を発行している。

最終号として今日贈られたのは、中学入学時と今の顔写真を並べ、
その成長ぶりをとらえた思い出のカラー誌面・・・

 

高校3年間では見られない大きな変化と成長がある、中高6年間!

中高一貫教育の意義をあらためて感じ、そこに身を置ける自分を
ありがたいと思わずにはいられない・・・・。

卒業生の未来に輝かしい前途あれ!

卒業おめでとう!