いよいよ今日で期末考査が終わります。
言い尽くされた言葉ですが、「有終の美を飾る」
=物事を最後までやり通し、立派な成果をあげる・・・ことを念頭に置き、
最後の最後まで頑張ってほしいと思います。
いかなる結果となって返ってくるか・・・現時点では何もわかりませんが、
テストの点数、提出物、授業態度などなど、すべてが総合的に評価され、
”成績”となって返ってきます。
誰のものでもない・・・自分の”結果”です。
いよいよ今日で期末考査が終わります。
言い尽くされた言葉ですが、「有終の美を飾る」
=物事を最後までやり通し、立派な成果をあげる・・・ことを念頭に置き、
最後の最後まで頑張ってほしいと思います。
いかなる結果となって返ってくるか・・・現時点では何もわかりませんが、
テストの点数、提出物、授業態度などなど、すべてが総合的に評価され、
”成績”となって返ってきます。
誰のものでもない・・・自分の”結果”です。
昨日で6科目が終わり、あと5科目となった期末考査。
いよいよ後半戦に突入だ。
どうだろう? 疲れは出ていないだろうか。
”試験慣れ”というわけではないだろうが、考査期間の後半になると、
どうしても最初の頃の緊張感がなくなり、最後のひと頑張りに欠ける人が多くなってくる。
自分では意識していないように思えても、知らず知らずのうちに、ツメが甘くなる。
今一度、試験初日の緊張感を呼び戻し、最後の一分一秒まで頑張ってほしい!!
勉強の大敵のひとつは・・・意外にも『食事』なんだって!!
理由は、食事をすると体が食べたものを消化しようと
胃に血液を集めるため、食後1時間程度は脳に巡る血液の量が不足し、
勉強に集中できない状態になるからなのです。
食後は眠くなり、能率が下がる・・・。
誰もが経験していることでしょう。
しかし、食後ゆっくり休んでいるわけにもいかない。
ならば、胃に負担をかけない(消化の早い)食事を心がけようということで、
調べてみると・・・
①野菜は胃の消化液を必要としない。
よって消化器官の中が中性、酸性、アルカリ性のいずれでも分解が可能。
②ご飯などの炭水化物を消化する場合は、アルカリ性の胃液で消化する。
③お肉などのタンパク質を消化する時は、酸性の胃液で消化する。
ここで問題になるのは、”ご飯とお肉を一緒に食べること”。
ご飯を消化するためにアルカリ性の胃液が、お肉を消化するために酸性の
胃液が分泌され、結果的に胃の中が中性になり、食物がなかなか消化できなくなる。
だから、できるだけ「野菜+お肉などのタンパク質」、
または「野菜+ご飯などの炭水化物」という組み合わせを守った食事をすること。
できれば、より胃への負担が軽くなる「野菜+炭水化物」がベストだそうです。
今日から始まる期末考査・・・。
高校になって初めての成績(前期評定)に大きくかかわるということで、
その重要さを誰もがひしひしと感じている。
この4日間は、いつものペースから一歩前進し、
「スーパー試験モード」でフル回転しよう!!
テスト時間中は、最後の一秒まで大切に。
気を抜かず、一字一句を見直すのだ!!
全力を尽くせ!!
今日は、父の三回忌法要・・・。
あわせて、母の二十二回忌と祖母の三十七回忌も勤めました。
いきなり何やの? と思った人がほとんどだろうが、
下に紹介した川崎洋(かわさきひろし)さん詩のタイトルだ。
ぺんぎんの子が生まれた
父さんと母さん
それぞれのおじいさんとおばあさん
さらにはひいじいさんとひいばあさんとほんの二五代さかのぼっただけで
この子の両親を始めとする先祖の総計は
六七一〇万八千八百六二羽になる
そのうちどの一羽が欠けても
この子はこの世に
現れなかった
ぺんぎんの子が生まれた
相田みつをさんの「いのちのバトン」とも共通する、
”いのちのつながり”を深く考えさせられる詩だ。
自分の中にある遺伝子は、誰から伝わってきたのか・・・。
その遺伝子を伝えてくれた人を「ご先祖さま」と呼ぶとすれば、
いったい何人いるのか。
まず父と母、次にその2人のそれぞれの父と母(祖父・祖母)、
次にその4人のそれぞれの父と母(曾祖父・曾祖母)・・・。
世代が1つさかのぼるごとに、先祖は倍々の数で増えていく。
区切りがいいように、25年で1世代(25歳で出産している計算)として
考えてみると・・・、
100年前4世代前。 2×2×2×2=16人。
200年前8世代前。 16×2×2×2×2=256人。
300年前12世代前。 256×2×2×2×2=4096人。
400年前16世代前。 6万5536人。
500年前20世代前。 104万8576人。
600年前24世代前。 1677万7216人。
これらの数を各世代、全部足したものが先祖の総数となり、
650年前の時点で、なんと1億人を超えてしまう。
その中の誰か1人でも欠けていたら、今の私は存在しない・・・。
どう? すごいことだと思わない?
連綿と続く”いのち”・・・
自分も周囲の人も、みんな「かけがえのない、大切な存在」なのだ。
法隆寺や薬師寺、法輪寺を復興させた「最後の宮大工」
西岡常一(にしおかつねかず)氏のことば・・・
「個性を殺さず癖を生かす。人も木も、育て方、生かし方は同じだ」
「みんな自然の中での行いです。自然を無視して建築はできませんわ」
「古いことでもいいものはいいんです。
明治以来ですな、経験を信じず、学問を偏重するようになったのは」
「1300年前に法隆寺を建てた飛鳥の工人の技術に現代は追いつけない」
西岡は云う・・・
「性根というもんは、直せるもんやないんですわ。やっぱり包容して、
その人なりの場所に入れて働いてもらうんですな。
曲がったものは曲がったなりに、曲がったところに合う所にはめ込んで
やらんといかんですな」。
西岡は仕事を通して多くの人に人としての生き方を教えている。
書物にもなっているが、彼の考え方が形として残っているので説得力は大きく、
謙虚にならざるを得ない。
あれこれと手取り足取り教え込むよりも、自分の仕事ぶりを見せて、
それを学ばせるのがベストである。
要は、学ぶ姿勢を学ばせることだろう。
先日(17日)から、このホームページが見られない状態が
続いておりましたが、先ほど正常な状態に戻り、
見られるようになりました。
皆様には約2日間、ご迷惑をおかけいたしました。
お詫びいたします。
・・・理由は、
うっかりしていて、16日に期限が切れるレンタルサーバーの
更新手続きが遅れ、17日になってから更新料金を払い込んだ
ためです。
さすがデジタル社会?
人情が通用しないっていうか・・・う~ん
現在、留学中の生徒が毎月、レポートに添えて、
心のこもった手紙を送ってくれる。
先日もCanada留学中のある生徒が、自分の様子を書きつつも、
日本で頑張る国内組への”声かけ”をしてくれた。
そういえば、留学組も手紙に「もうあと5か月くらいで帰国です」
とあるように、New Zealand組が12月、Canada組が1月に帰ってくる。
いよいよ残りの日数を数える時期になってきたわけだ。
留学生たちの様子を聞いていると、《自分の納得する成果》が
出せるよう、残された留学生活を充実したものにしていかなくてはと、
みんな一生懸命がんばっている様子が伝わってくる。
と同時に、日本にいる家族と離れて暮らすことの意義や、
そこから学ぶべき”自立心”や”親への感謝”、”人への思いやり”
といったことがしっかり身についてきたことも、
留学先を訪れ、数ヶ月ぶりに我が子と対面されたご家族の
お話しから感じられた。
もちろん、国内組も、体育祭や文化祭などの行事や
毎日の高校生活の中で、たくさんのことを学んできた。
「まるで家族みたい」って言っている人がいたけど、
人数が少ないが故に、お互いが”より深く”関わり合っている良さが、
最近少しずつ出てきたようにも思う。
あとしばらく・・・
国内と海外、ともに手を携えて、頑張っていこうねっ!!
女子バレー日本代表監督の柳本晶一(やなぎもとしょういち)氏。
彼は現役時代、一度も全日本のレギュラーポジションを獲れなかった。
日本バレー史に残る名セッター、猫田勝敏(ねこだかつとし)選手が
いたからだった。
自分の方が7歳も若く、Vリーグで猫田選手のいる専売広島(現JT)に勝ち、
さらにカップ戦も含めて30回ほど日本一を味わっていた柳本監督。
技術面では自分が勝っているはずなのに、一度も世界の舞台で
活躍できなかった。
いったい、なぜ・・・。
日本経済新聞(夕刊)に掲載されていた『駆ける魂』を読むと、
その理由がわかってくる。
猫田との差がわかったのは、ともに引退した後になってからだった。
「私も120点のトスを上げていた。
だが、猫田さんは150点のトスを上げていた」と柳本。
その差を「人間力」と表現する。
猫田はアタッカーがミスをすると、トスが悪くなくても必ず「ごめん」と謝った。
死の間際の病床では、もうろうとした意識で必死に次のトスを伝える
サインを繰り返していたという。
相手の気持ちを読み取る細やかさ。そして、勝負に賭ける執念。
それがアタッカーに「この人のために決めたい」と思わせる。
そんな技量を超えた部分が勝負を左右すると柳本は考えるようになった。
東京オリンピックから4大会連続でオリンピック出場を果たし、
金、銀、銅のメダルを獲得した、世界一のセッターだった、猫田選手。
1964年、20歳で東京オリンピックに出場し銅メダルを獲得。
これ以降、猫田は全日本男子の正セッターとして不動の地位を築いていく。
1968年、メキシコオリンピックで銀メダルを獲得、
翌1969年のワールドカップでベストセッター賞を受賞。
1971年には試合中に全治2ヶ月の骨折をし、オリンピック出場が危ぶまれて
いたが、約8ヶ月のリハビリ生活の末、オリンピック2ヶ月前に試合に復帰。
そして1972年のミュンヘンオリンピックで念願の金メダルを獲得、
日本バレーを世界の頂点に導いた。
続く、1976年のモントリオールオリンピックにも出場し4位入賞を果たした。
その後、1980年のモスクワオリンピック最終予選を最後に現役を引退、
その年の日本リーグから監督として采配をふるっていたが、
胃がんにかかり、1983年9月4日、39歳の若さでこの世を去った。
給料の大半を外国のバレー専門書購入に費やし、
まさにバレーだけに一生を費やした人生だった。
柳本監督は、自身の著書『人生、負け勝ち』(幻冬舎)で書いている。
「私はミーティングで、猫田さんの話をさせてもらった。
『人は死んでも魂で動くんや』と。『病院に猫田さんを見舞いに行ったとき、
もうお亡くなりになる直前だったけど、試合中のサインを出されていた』。
『もう幻覚症状が出ていたんだ。話をしても、まったくわからないのに・・・。
僕は涙が出た。サインを出していたんだ、ベッドで』。
『それぐらい、オリンピックって、素晴らしいところなんだ。
それぐらいの意識、気持ちを持っていなかったら、
オリンピックでは戦えんのや』。
『オリンピックには、テレビが行かせてくれるんやない、
人気が行かせてくれるんやない。レシーブでも、最後の指先の一本で
ガツッと持ってくるやつが勝つんだ。蹴ってでも、ボールを上げたろか、
というやつが勝つんや』、と・・・」
“負け勝ち”、柳本監督が大事にしている言葉だ。
世界バレーでのまさかの敗戦から、アテネオリンピック出場へと導いた原点には、
「いかに負けから学び、明日への勝ちにつなげるか」という信念があった。
新庄が、ニューヨーク・メッツに入団した当時の話しを少し・・・。
彼がテレビのインタビューで答えた言葉に、多くの人が驚いた。
「メジャーへの手応えですか? そうですね、最後まで楽しんで
プレーできたら、きっといい結果が残せると思います。
うーん、もちろんここまでは楽しくやっています」。
その突飛な言動から、ついたあだ名が”宇宙人”。
アメリカでのメジャー挑戦についても、
「ニューヨークは(雰囲気が)俺に合った街だなぁと思った」
「野球以外でも楽しんでもらえる選手がいてもいい」と、
およそ野球をやりにいくようなものではなかった。
加えて、「メジャーリーグでどうしても成功しようと思っているわけ
でもないんです。競争の激しい世界に身を置いて、
もう一度自分自身を鍛え直したいと思うんです」とも。
愛車のフェラーリも家具も洋服も、
すべてインターネットオークションで処分して、
日本での好条件(複数年十数億円契約とも)を蹴り、
何もかも捨てて、裸一貫でアメリカに渡ったのにもかかわらず・・・だ。
新庄はそこまでして、何故にメジャーに行こうとしたのだろう。
彼の真意はいったいどこにあったのだろう。
心理学的な分析によれば、
人は目の前のことに集中しているときには、
何の不安も重圧も感じないが、
意識がいまを離れたとき、つまり未来や過去に移ったとき、
心配や不安が起こるらしい。
未来に描く夢、求める理想の結果、あるいは過去に犯した重大な失敗。
そうしたものをイメージした途端、”夢に近づかなければ”、
そして”失敗を犯さないようにしよう”と力(ちから)が入って、
体に緊張を生み出すという。
憧れのメジャーリーグ。
そこでよい結果を求めない選手が何処にいようか。
もちろん新庄だって、そうだったに違いない。
だからこそ新庄は、あえてこんな言葉で表現したのだ。
成功への鍵を失わないために、夢を忘れ(意識せず)、
目の前の向かうべき状況に対し、楽しんで立ち向かうことだけを
考えたのだ。
楽しめればよい結果を生む可能性も高くなり、
結果的に夢は適えられる。
野放図のようにみえて、実はこれ、
論理的かつ科学的なアプローチなんだって。
う~ん、さすが新庄!!
昨日(11日)の日本経済新聞の広告の中で、
僕の一番好きなビール「スーパードライ」の発売元、
アサヒビールの荻田伍(おぎたひとし)社長が、
若者たちに向けて、こんなメッセージを贈っています。
私が大学を出たのは「昭和四十年不況」といわれた就職難の時期でした。
実は最初からビール会社を志望していたのではなく、
当時の基幹産業だった製鉄会社をまず受けに行きました。
ところが「優」の数が足りなかった(成績がよくなかった)のでしょうか。
残念ながら、却下されてしまいました。
その後、当時「アサヒスタイニー」という商品が話題となっていた
アサヒビールが入社試験をしていることを知り、仲間たちと連れだって
受けに行きました。
当時の初任給は2万円弱で、ビール1ぴんがおよそ120円。
ビールは学生にはめったに口にできない、あこがれの商品でした。
入社して3年間は本社勤務で、後はずっと営業現場です。
そこから約20年間、「スーパードライ」がヒットする1980年代後半まで、
会社全体が非常に厳しい道筋をたどる状況下での営業でした。
シェアは下がり続ける、予算は達成できない、
上司からは毎日きつく叱咤(しった)される・・・。
いくら頑張っても売れない現実ほど、営業にとってつらいことはありません。
同僚と会社に向かう途中で、「もう今日は行くのをやめよう」と
引き返したこともありました。
ただ幸いなことに、扱っている商品がビールということに助けられました。
仕事が終われば「今日も、行くか」と誘い合い、仲間と語り合いながら
ビールを飲んだものです。
そんな若いころ、転機となったのが社内研修で聞いた一言です。
「すべての行動が心の持ち方から表れる」。
つまりどんな状況でも、そこで自分がどう思うかによって行動は全く違ってくる
ということです。
例えば営業活動で「この人には会いたくないな」と思っている相手がいたとしたら、
会えそうもない時間に訪ねるという行動になってしまうのです。
そして会社に戻って、「あのお得意先はいつも忙しくて、今日も会えませんでした」
なんて報告をする。これを何回繰り返しても、結果が出るはずはありません。
「自分のことを好きになってもらいたい」「商品の良さを知ってもらいたい」
という考えが先にあれば、
「どうすれば会えるのか」「どんな提案をすれば受け入れてもらえるか」と
相手のことをよく研究するようになり、それが新しい行動を起こさせるのです。
つらいときにマィナスの考えを持つと、ますます深みにはまってしまいます。
良い方向に進む道筋は、プラスに考えたときに初めて表れる。
要は心の持ち方です。
そうした「思い」から出発した小さな成功を重ねていくことが、
必ず仕事の自信に結び付いていきます。
今の若い世代の人たちは、豊かなモノや情報、
そしてさまざまな選択肢に恵まれています。
ただそうした環境にあるだけに、「ひた向きに打ち込む」ことの大切さを
見過ごしているようにも思えます。
最初から直感的に好きと思えることだけが、
自分の可能性を伸ばしてくれるわけではありません。
仕事が面白くない、自分がやりたいことではないと感じることは
当たり前のようにあるでしょう。
でもそんな目先のズレだけで、自分の可能性を見捨ててしまうのは
もったいない。
与えられた仕事を何でもチャンスだととらえ、ひた向きに挑戦していけば、
思いもよらない可能性が開くことだって多いのです。
毎日発行している学級通信で、
FujiSankei Business i. (2007/6/25)で紹介されていた、
キャメロン・ディアス(Cameron Diaz)の記事を取り上げた。
何度も読み返すうちに、ますますその魅力に引き込まれ、
自分もそうありたいと強く思った。
≪ Motto -信条- ≫
「Do It Yourself=自分でやらなければ何も始まらない」
キャメロン・ディアスがインタビュー中、最も繰り返した言葉だ。
一人の女性として、トップ女優として、ステップアップする上で
常にこの言葉を心掛けているという。
「本当に求めているものがあれば、自分から行動を起こして
手に入れなければいけない。また、実現するように自分を
仕向けなければいけない」と言い切る。
女優への扉は、映画「マスク」(1994年)のオーディションを
受けたことで、開いた。無名ながらヒロインに抜擢(ばってき)され、
注目されたのも「自ら動いた結果」とにっこり。
その行動力は両親の教育論にある。
「私は小さいころから、『あなたは頑張れば何でも手に入れる
ことができる。何にでもなれる』と、繰り返し教わってきた。
だから私は、そう信じ込み、頑張ってこられた」
ひとつずつでいい。「皆も実践してほしい」とメッセージを送る。
≪Smile -笑顔- ≫
一瞬だった。時間でいえば1秒。キャメロンに引き込まれたのは。
交わした手を離したときには、完全に心を奪われた。
秘訣(ひけつ)は、笑顔。何の迷いもない表情で、心から相手を受け入れる。
「人は、自分自身を受け入れることができて初めて、
相手も受け入れられると思っている」と明かす。
その健全な精神は、毎晩続ける「日課」で保たれている。
日課とは、嫌な思いや悩みをすべて、ノートに書き出すこと。
トップスターだからこそ、口にできないことが多いからだ。
「悩みを文字にすると消化できる。考えが鮮明になって自分自身を
受け入れられるし、自分の体から出したからもういいや、って気持ちになる。
私は絶対、嫌な思いや悩んだ気持ちを引きずったまま、眠らないの」
ストレスは笑顔の大敵。気持ちの切り替えは、プロの必須条件だ。
競争が激しいハリウッドで、トップ女優として活躍する。
米誌「ハリウッド・リポーター」によると、キャメロンの映画出演料は、
1本1500万ドル(18億4500万円)。米誌「フォーブス」が発表した
「エンターテインメント界の女性富豪家20人」の長者番付では、
見積もり資産額は15位の7500万ドル(92億2500万円)だった。
日本では昨年10月から、ソフトバンクモバイルのCMに出演。
同社によると打診したのは昨夏で、すぐに出演の返事がきたという。
出演料は破格らしいが、「携帯市場への影響力とイメージ向上が図れ、
メリットは享受できている」(ソフトバンクモバイルマーケティング本部)と、
企業側も“キャメロン効果”に納得の様子。
≪Gratitude -感謝- ≫
トップ女優でありながら、スタッフひとり一人にまで、一番気を遣う。
来日中、分刻みのスケジュールを気にするスタッフに、
「十分寝たから大丈夫よ」と言い、ソファで寝転がる姿まで披露する。
クッションに顔をうずめてみせ、周囲を和ます。
その行動の背景にあるのは感謝の心。常に、置かれている状況に対し、
感謝の気持ちを抱くように、自分を持っていく。
「もちろん実行するのは大変よ。私も人間だからイライラすることだってある。
その時は、感謝の気持ちを思い起こすようにしているの。
だって、感謝の気持ちを忘れると、同じ状況が不満に変わり、
幸福感さえなくなるから」
映画「シュレック3」のプロモーションで世界中を巡るのも、
「うれしいと感謝するか、忙しいと不満に思うかで、
まったく違う時間を過ごすことになるでしょ」
当然、「満足するには、常にベストを尽くすしか方法はない」
感謝の心は、キャメロンを、そして周囲の人をも幸せにしている。
文化祭が終わり、「お疲れさん」の意味を込めて、
生徒の一人がお菓子を作ってきてくれました。
プレーンとチョコの2種類のマドレーヌ ・・・
みんなでおいしくいただきました!
手作りの慰労会っていいね!!
7月後半から始めていた、バス、キッチン、リビングなどの
リフォーム工事が、先日終わった。
車庫&離れの仮住まいから、少しずつ引っ越し作業をして・・・
ようやく、落ち着いてきた。
昭和43年に建った(とは言っても、いろいろ手直しはしているが)
田舎風の外観の家からは想像できない?室内空間。
対面キッチンを取り入れ、白と明るい木目を基調にした、
家の裏側半分がワンルームになったようなLDKが、いい感じ。
そして何よりもヒットだったのが”オール電化”
電気代、使い勝手などなど、どれをとってもオススメ!
”あぶり”料理ができない点を除けば、パーフェクトかな?
8月の後半から足踏み状態が続いていたランニング。
久しぶりに今日、走ることができた。
といっても、距離はわずか6.0km ・・・
なんだかすごくダメージがあるような。
真夏の日中に走っていたのがよくなかったのかなぁ?
少しずつ、もとのカラダに戻していかないとダメだ!
二日間の文化祭が終わった。
いろいろな意味で、多くのことを学んだような気がする。
子どもたちはもちろん、われわれ教師も・・・
合唱部門3位、展示部門4位と、
残念ながらあと一歩、入賞(二位まで)には至らなかったけれど、
やりきった感と、次のステップへの足がかりが見えた。
9人で、よくやりきってくれたと思う。
ご苦労さま・・・そして、ありがとう!
ひとつ大きくなった子どもたちの、これからの頑張りに、
大いに期待したい。
いよいよ文化祭が始まった!
まずは、教室展示の風景から。
よ~く見ると、中学校の短期研修の後で作った掲示物もあったりして・・・
続いて、今日のメインイベント、『合唱』!
練習の成果がどれだけ出せるか、
始まる前の舞台袖で久しぶりにドキドキ・ハラハラ。
5番目に登場したG類7組。
まずは、幕が上がる前に挨拶を・・・。
1年7組は男子6名、女子17名、計23名のクラスです。
23名のうち7名がニュージーランド、6名がカナダに留学中です。
このクラスのメンバーは中学校の時から一緒に過ごした仲間たちです。
歌は「Believe」と「空も飛べるはず」。
選曲に悩んだときは先生にもアドバイスをしていただきました。
「合唱と教室展示を9名だけでする」ということに対して、
初めは「絶対に無理!」だと思っていましたが、本番が近づくにつれて、
みんなで協力して教室展示の準備も、合唱の練習も一生懸命やってきました。
舞台の上には9名しかいませんが、精一杯がんばって歌いますので
よろしくお願いします。
さあ、幕が上がりました・・・
みんな、堂々とした歌いっぷりです。
男子も女子も、大きな声が出ている。
きれいなハーモニーを響かせながら、2曲を歌いきったみんな・・・
すごく輝いていたよ!
文化祭を明日に控えて、今日が最後の取り組み。
だいたいの形は見えてきたものの、朝の段階では、
このまま本番というわけにはいかないのが実情だ。
むしろ、この時期になって、
”ある程度できた感”からくる怠け心が顔を出すのか、
あと一歩の仕上げに取りかかりにくい雰囲気がクラスに。
さて、どうなることやら・・・
展示は、講義室で行うことになっているので、
午後の体育館準備が終わってからしかできない。
まずは合唱の仕上げを、ということで、
西村先生にお世話になりながら、3・4時間目に練習するも、
「7時間目もやったほうが・・・」という子どもたちの声に、
教室展示が終わってから、最終チェックをすることになった。
体育館の準備が終わって、6時間目に展示場づくり。
模造紙につくったものを並べて、貼ってはみたものの、
どう考えても空間が余りすぎ・・・
「このままじゃガラガラで、寂しいなぁ」の声に、
中学からパンフレットを借りてきたり、図書館で本を探したり、
いろいろな人を頼りながら、少しずつアイテムが増えていき、
ようやく、見てもらえるだけの展示空間ができた。
AOTEAROA ~白く長い雲のたなびく地~
作業中の展示物・・・。
上のがNew Zealandで、下がCanada。
もちろん、これが完成品じゃないよ!
この写真は二日前の月曜日、放課後に撮ったもの。
合唱の練習もある中、たった一日でここまで仕上げたのはスゴイ。
たいしたもんだ!!
さて、当日どんな姿でお披露目されるのか・・・?!。
歌声響く・・・「Believe」「空も飛べるはず」
副担任の先生の力も借りながら、本格的な二部&三部合唱に挑戦中。
最初、なかなか声が出なかった男子も、練習を重ねていくうちに、
大きな響きになってきた。
あとは、ステージ上での堂々とした歌いっぷりと全体の統一感。
歌詞をしっかり覚えて、自信を持って歌えるようにしよう!!
いよいよ今日から、1~6限まで一日をフルに使って、
文化祭に向けてのクラス取り組みが始まった。
1年生は、合唱とクラス展示という統一内容が課されており、
人数が少ない中、みんなで時間をやりくりしながら
準備を進めてくれている。
時として、集中力が切れる時も少なくないけど、
この文化祭取り組みを通して、より深くクラスがひとつになれる
ことがいちばんの課題なんだから・・・
頑張れ!
今日は、道路(土手)の草刈りと湖岸緑地公園の清掃だ。
町内総出で行っている作業で、6月末に引き続き2回目。
朝8時に作業がスタート。
まずは、町内から湖周道路につながる大川沿いの道路脇の草刈り。
雨が降っていて、足下が滑るのを気にしながら、みんな汗だくで頑張った。
土手の草刈りが終わると、続いて湖岸緑地公園の草刈り。
それが終わると町内に戻り、マンホールの掃除(泥上げ)だ。
かつて川だったところが今は道路になり、地下を水が流れていて、
定期的に泥上げをしている。
この時期は水位も高く、腰まで水に浸かりながらの作業だけど、
みんなの協力で、短時間に終わった。
みなさん、ご苦労さまっ!
午後、恒例の中高一貫井戸端トークが開催された。
今日は中2生が80日あまりの New Zealand の短期海外研修から
帰ってくる日でもあり、話題は「留学」に集中した。
中学2年生という時期に留学に行くことが、
人生において、どれだけ大きな意味を持つか・・・
保護者の生の声から、それを改めて感じた時間だった。