2006年6月アーカイブ

毎年、この時期に各公共職業安定所の主催で、
高校と企業との情報交換会が行われている。

各高校では、7月1日から今年度の求人票の受付が始まり、
就職を希望する生徒へ紹介していくことになる。

それに先立ち、高校生を採用したいと考えている企業は、
まず職業安定所に求人票を提出し、確認を受けるけだが、
その出足が今年は好調らしい。

職安担当者の話によると、6月28日時点で昨年同期の60%増!

このところ、景気が上向いてきたという話をよく聞くようになり、
滋賀県でも各企業(特に製造系を中心に)は、求人に積極的だ。
高卒者を貴重な労働力として求めている企業がたくさんある。

なかでも製造系の中小企業は、先に大手に取られるということで、
「いい子がいたら、ぜひウチにも」と、その良さを懸命にPRしている。

さて、どうなることやら・・・。

まずはどれだけ求人が来るか!

数もさることながら、その質も肝心だ。
生徒が「行きたい」と思ってくれる企業からの求人を期待したい。

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みなづき祭

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今日は、荒神山神社の「みなづき祭」が行われる日だ。
29日が宵宮で、参道には所狭しと露店が並ぶ。

例年、この日は「雨」と決まっているのに、今年は珍しくいい天気。
こんな天気は数年ぶりじゃないのかな。

 《荒神山》
  火産霊神(ほむすのれいじん)などをまつり
  火の神、かまどの神を合わせてまつっている。
  天智天皇のころには、近江四郎の祓殿御祈所と定められ、
  毎年6月29日、30にかけて、境内の大きな「茅の輪」をくぐって
  けがれを浄めたのが今日伝わる水無月(みなづき)祭の神事。


最近の露天は、食べ物系がずいぶん多くなった印象。

パパやママ、おじいちゃん、おばあちゃんに連れられた子どもたちは、
みんなおみやげを手に大はしゃぎ!

いつの時代も子どもは変わらないみたいだねっ。


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三井寺力餅

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午後、仕事の関係で大津に行った。

帰り道、ピンチヒッターをお願いした同僚へのお礼にと、
大津駅名店街に立ち寄り "力餅" を買った。

実は、「何がいいっ?」て聞いて、返ってきたリクエストがこれだったんだけど~

すごく愛想のいい店員さんばかりで、
店頭では力餅の実演販売までやっていて、ちょっとビックリ!

大津名物「力餅」






手際よく作りながら、「サービスしとくね~」とかけてくれた黄粉の量のすごいこと。

おばちゃん、これって半端じゃないよっ。

製造元の「三井寺力餅本家」さんは浜大津にあって、明治2年創業の老舗。
三井の晩鐘を武蔵坊弁慶が比叡山までひきずった怪力にちなんで造られ、
代々受け継がれた伝統の技法で製造されている。

近江のもち米を厳選し、きねづきした優雅な風味。
白みつ入りの餅だんごに青大豆を挽いた黄粉をまぶした、代表的な大津銘菓だ。

さっそく明日、職場で "力餅"パーティーをやって、味わうことにしよう!

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夜回り

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夜回りって知ってる?

ウチのところでは「夜番」(よばん)って呼んでるんだけど、
夜、太鼓を叩きながら町内を回り、
変わったことはないか、不審な人物がいないかなど、
町内の安全を保つために続いている、当番みたいなものなんだけど・・・。

3軒が一組で、一日交代で順に次の組へ回していく。
103軒あるから、ほぼ1カ月ちょっとで回ってくる。

3軒のうち1軒が代表みたいなもので、
最初、午後9時に当番代表の家だけが回ることになっていて、
次にもう一回、11時に、今度は3軒が一緒に回ることになっている。

今の時代、3人ぐらいが町内を巡回しているからといって、
さほど安全が保てるわけでもない。
止めよう、形を変えよう、という声が、どこからともなく出てはいるものの、
依然として、昔のままのスタイルで続いている。

もっとも、ちょっと前までは、12時を回っても夜番を続け、
当番の家でうどん等を食べながら待機し、
深夜2時にもう一度(3回目)を回って終わりになるという形になっていた。

それから比べたら、だいぶ簡素化されたとは言えるものの、
なんとなく・・・まだまだ前時代的な気がしてならない。

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昔、経験した話。

ある朝、封筒詰めした海外研修先(オーストラリア)へのお礼状&写真を、
郵便局に出しに行った時のこと。

秤に乗せて重さを量っている局員さんに、「少しでも安くして下さい」と言うと、
「ハイ、わかりました」とすぐに返事が返ってきて、
さすが若い局員さん! その対応のよさに気分が良かった。

8通で合計1920円を支払い、「だいたい1週間ぐらいで着きますよね」と聞くと、
「え~っと、たぶんそのくらいだと思います。まだ新人なもんで・・・」との返事。
最初のテンポ良さと比べて、今度はえらく不安げだった。

で、その場はそれで終わり、夕方、やがて5時になろうとする時、
自宅に朝の局員さんが尋ねてきた。

「すいませ~ん、朝の郵便のことで・・・」
「えっ? いったいどうしたの?」

てっきり料金不足でもあったのかと思っていると、

「私どもの手違いで、もう少し安くなったはずなのに、見落としていました。
申し訳ありません」と、差額70円を手に握りしめ、
「まだ新人なもので、ご迷惑をおかけしました」と頭を下げられた。

「ここまで来る、車のガソリン代の方が高いでしょうに・・・」

思わず苦笑いしながらも、
その、きっちりした対応とさわやかな態度に、思わずぐっときた。

朝、払ったのが1920円。
よく調べてみると、実際には1850円でよかった。
で、70円安くなるのがわかり、その差額をわざわざ勤務時間の終わる頃
自宅まで届けてくれたのだ。

それも、自分が通勤に使っている自家用車で。

以前は、郵便局なんて親方日の丸で、のんきなもの。
一般企業と比べて甘くて、緊張感に欠けているなんて言われていたけど、
民営化に代表される時代の流れに、イメージを一新ってこと?

確かに、そういうことも関係しているんだろうけど、
それ以上に「人」の問題だろう。

つまるところ、相手に対してどれほど "思いやり" をもち、
誠実に接しているか・・・。

いかなる立場で、どんな仕事しているにせよ、
この新人郵便局員さんのような心がけを大事にしたいものだ。

自然にまみれて

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昨日書いたとおり、道路(土手)の草刈りで一日が始まった。

今にも雨が降りそうな空模様の中、朝8時に作業がスタート。
まずは、町内から湖周道路につながる大川沿いの道路脇の草刈りだ。

一部、事前に機械を使って刈ってあるせいか、
例年に比べて短時間で作業が進んでいく。

自治会草刈り1 自治会草刈り2







土手の草刈りが終わると、今度は湖岸緑地公園の草刈り。
パラパラと小雨が降っているものの、時折日差しが見えたりして、
こちらも順調に作業が進んでいく。

ただ、蒸し暑いのが少々ツライ。
木々の間を刈っていると、玉のような汗が吹き出し、止まらない。

草刈りが終わると、今度は大川の藻取りだ。

自治会川掃除1 自治会川掃除2







棒に、藻を引っかけて上げる鍬などをくくりつけた
お手製の道具を使って、両岸に並んで川の中に生えている藻を上げていく。
けっこう力が必要で、なかなかの重労働。

今年は天気の影響からか、やや藻が少なく、作業時間も短縮。
草刈りも含めて、予定より1時間も早く作業が終了した。

町民の皆さんは、ここで作業終了~。
ちょうど終わった頃から本格的に雨が降り出し、なかなかのタイミング。
みなさんお疲れさま!

ところが、自治会役員はまだまだ作業が続く。
あとの作業を自治会役員だけでやらなければならないからだ。
刈り取った草を集めて、処分。使った機械の掃除と後始末・・・。

やっとのことで終わった頃、ちょうどお昼になった。

公民館に戻り、役員みんなでお昼を食べ、しばし休憩した後、
『魚のゆりかご水田プロジェクト』 の調査をやった。

魚のゆりかご1 魚のゆりかご2







1ヶ月あまり前から設置していた”魚道”を調べ、
魚(ニゴロブナなど)が遡上して産卵し、孵った稚魚の数を確認する。

田んぼの排水溝に網を仕掛け、一定時間に捕まえた稚魚の数をもとに、
どれくらい稚魚がいるかを調べることになっているものの、
田んぼの水かさが多いせいか、なかなか思うように稚魚が引っかからない。

1時間あまりして、捕れた稚魚をチェック!

魚のゆりかご3






全部で30匹ぐらいだろうか・・・。
数は少なかったが、親魚が遡上して産卵したことは間違いなさそうだ。

一応の成果はあった・・・ということで。
メデタシメデタシ!

結局、丸一日つぶれてしまって・・・少々お疲れモード。

ふぅ~
役員のみなさん、ご苦労さまでしたっ。 

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せっかくの土曜日なのに、自治会関係の仕事に追われた。

まず午前中、彦根市立図書館で地域文庫連絡協議会の会議。
7月29日(土)に予定されている『文庫まつり』の打ち合わせで、
イベント内容や役割分担を決めた。

続いて午後2時から、みずほ文化センターで稲枝地区福祉講座。

稲枝地区福祉講座1






自治会単位の地域福祉活動を推進しようと、
先進的な取り組みを進めておられる、大津市桜馬場自治会
「さくら福祉の会」代表の橋本たか子さんの講演を聴いた。

稲枝地区福祉講座2 稲枝地区福祉講座3







実際の活動にもとづいた、とてもわかりやすいお話で、
先進的な取り組みの数々に、学ぶべきところが多くあった。

で、締めくくりは夜8時から、町の農業のあり方を協議する会合。
ややもすると国の農業施策に振り回されるような感もあるが、
それを無視して従来型の農業を続けていくことにも限界があり、
先祖から引き継いだ農地をいかに守っていくかということも含めて、
今、大きな転換期にさしかかっている。

すぐに結論が出る問題ではないが、何回も話し合いを重ね、
何とか方向性を見定めていかなければならない。

さて・・・
明日、日曜日も朝から道路の草刈り、川の藻取りで午前中がつぶれる。
午後は『魚のゆりかごプロジェクト』の視察があるとのこと。

あ~ぁ、今週も休めそうにないや・・・。

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ツバメさん!

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今年も2度目のツバメがやってきて、車庫の軒下に巣を作っている。

ツバメの巣1






もともとこの場所には、去年からの巣がそのまま残っていて、
この春に、それをリフォームする形で巣立っていったツバメがいた。

その後、何かの拍子で、この巣がはがれ落ちてしまい、
軒下から巣がなくなっていたと思っていたら、
いつのまにか巣作りが始まっていて、
気がつけば、かわいいヒナの声がするようになっていた。

ツバメの巣2






今朝も、ひっきりなしに親鳥が巣にやってきては、
ヒナにエサをやっている。

おっ、がんばってるなっ!

思わずそんな声をかけたくなるような光景だ。

この軒下、ちょうど小屋への入り口のところで、
毎年、複数回ツバメがやってきては巣立っている。

レオン(我が家の愛犬ラブラ)の住み処もすぐ下あるし、
いつも見守ってくれているのがわかっているんやろうな・・・。

はやく大きくなって、元気に飛び立つんやで~!

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電気パン

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今日は生徒募集用VTR撮影の関係で、2年生の化学で身近な実験を行った。

課題は、「電気パン」づくり。

電気パン1 電気パン








パンの材料は、上の写真にもある通り、ホットケーキミックスで、
1リットルの紙パックの両側にステンレス板を入れ、
その中にホットケーキの生地を流し込み、
ステンレス板を電極に、100Vの電気を生地に通して焼き上げる。

電気パン3 電気パン4








電気を通して、しばらくすると、生地が盛り上がってきて、紙パック全体が熱くなる。
そして、湯気が少しずつ噴き出すようになり、 生地がだんだんと焼けてくる。

電気パン5 電気パン6








実際には、焼けるというより、電気を通すことによって生地自身が発熱し、
蒸しパンに近い感じに仕上がる。もちろん焦げ目などはない。
ふっくら・もちもちした感じで、全体にちゃんと熱が通り、焼きムラもなし!

簡単にできるわりには、それなりに面白さもあり、けっこう夢中になる実験だ。

もちろん、VTRの撮影もバッチリ!!

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今日は、手軽にできるおもしろ化学実験を紹介しよう。

まずは「電気サンマ」 。 

電気サンマ1 電気サンマ

 

 

 

 

サンマの頭と尾の部分をアルミホイルでくるみ、電気(100V)を通しす。
すると、サンマの中を電気が流れ、ちょうど内臓等が電熱線と同じように
抵抗で発熱し、その熱で、内部からサンマが焼ける。
塩サンマと生サンマの両方を試してみたが、さほど大きな違いはなかった。 


続いて、「電気ラーメン」。 

電気ラーメン1 電気ラーメン2

 

 

 

 

これは、細長く切ったステンレス板を割り箸で固定し、
それを、水で溶いたダシを入れたカップ麺に入れ、
電気を通してラーメンを作ろうというものだ。

だし汁が電熱線の役割をして発熱し、それでだし汁が熱せられ、
カップラーメンができあがる。
最初は、さほど変化がないが、沸騰し始めると、勢いよく泡が出て、
カップの中のだし汁が吹きこぼれてくるので注意しよう!

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以前、近くに住むSusan先生の家におじゃまして、
英語を習っていたことがある。

アメリカ・ミシガン州の出身である彼女は、
これまで県内の中学校で英語を教えたり、
彦根にある「ミシガン州立大学日本センター」で
英語プログラムの教官などをしてきた経歴を持つ。

とても明るく、パワフルな女性で、
日本での戸惑いなどを面白おかしく話してくれるので、
週1回の英語教室は大盛況だった。

そんな彼女が、
日本の子どもが平気で先生の身体に触れることに驚いた
と言っていた。

アメリカではプライベートスペース(身体の周りの一定の空間)
を守るのが当たり前で、
これがないと適切な人間関係が保てず、
いくら仲が良いからといって平気で身体に触ることは、
まず考えられないという。

どうして、そんなことをするのか・・・。

Susanは、日本の子どもたちが先生に母親を求めているからで、
日本の先生が親のような存在になっているからなんじゃない?
と分析している。

でも、我々日本人に言わせると、
そうでなければやっていけないのが日本の学校現場なんだし、
先生が親代わりにならなければ前に進まないのが現実であって、
親たち自身が、先生にそういう役割を期待している部分が
かなりあるのでは・・・と思う。

さて、どちらが”教育的”なのだろうか?

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捜し物をしていて、出てきた一枚の記録紙・・・。
自分の「手」が写っている。

おぉ、懐かしい・・・こんな占いがあったっけ。

300円を機械に入れて、ガラス板の上に”手のひら”を置くと、
スキャンが始まり、手相が読み取られていく。
つながれたコンピュータが、生命線・感情線・知能線・総合線を回帰分析し、
たちまち現在の運勢がプリントアウトされて出てくる。


結果は・・・

フダンハ ヒカエメデ ソフトナ カンジデスガ、 ジブンガ イッタン
ケツイシテ ナニカニ トリクミ ハジメルト テッテイテキニ サイゴマデ
キチント ヤラナイト キノスマナイ タイプノ ヒトデス。

マタ ソノトキノ エネルギー ワ ゼツダイデ アル。
ジブンガ マチガイナイト オモッタコトデモ シュウイトノ オリアイガ
ツカナイト ヒヅミヲ ショウジル コトモアル。

《アドバイス》

ツネニ ケイケクヲ タテテ コツコツト ケンジツニ アユンデ イマスガ、
スコシ アソビゴコロニ カケテイル。
モウスコシ ユトリヲ モチ、 シュミ ヤ スポーツヲ タシナミ
シンシン ヲ リフレッシュ スレバ ヨリ イッソウノ シンポガ アル。

マタ イセイトノ コウサイ モ ヒツヨウ。

キンウン ハ ユダン シテ ロウヒ シナイ コト。
チャンス ワ 25・32・41・53.65・70サイ デス。

ケンコウ ワ シンケイヒロウ カラ オコル イ、チョウ ニ チュウイ。
ヤサイ ヲ ヨクトルコト。

アナタノ ジンセイノ チャンス ワ 23・29・36・42・51・59・68サイ
デス。


改めて読み返してみても、けっこう当たっているような気が・・・。

えっ? 金運も人生のチャンスも、もうしばらく先だってかぁ。

今日は、稲枝地区女子スポーツの祭典、ビーチボール大会。
どの町も気合い十分、勝つ気で乗り込んでくる。

当町はC2ゾーン。
まずは3町でのリーグ戦だ。

第1試合。
あっという間に1セットを先取し、一気に行くかと思われたが、
2セットめは中盤、シーソーゲームになった。
しかし、持ち前の粘りで一気に攻め込み、勝ちをつかんだ。

地区ビーチボール大会1 地区ビーチボール大会2







第2試合。
圧倒的な強さで一気に勝利を決めた。
レシーブを寄せつけない、素晴らしいサーブは圧巻だった。

3試合目。
この試合に勝てば、決勝戦に進出だ。
第1セット、お互いに譲らず拮抗した展開が続く中、
何とかセットポイントをつかむ。
その勢いで、第2セットをものにし、堂々の決勝戦進出だ。

地区ビーチボール3






C1ゾーン優勝チームとの決勝戦。
相変わらず切れのよいサーブで、順調な立ち上がり。
安心してみていられる試合展開、文句なしの優勝。

地区ビーチボール4


 

 

 

夕方から行われた祝勝会では、さっそく来年に向けて
練習を始めるとか・・・。
う~ん、元気だ! 頼もしい!!

今日の勝利で、ユニホームを新調することも決定!

ますます来年が楽しみになってきた。

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今日は、自治会主催で「福祉研修会」を開いた。

彦根市社会福祉協議会から、藤原明彦先生をお迎えし、
『今なぜ、小地域福祉活動なのか』と題する講演をしていただき、
その後で、参加者どうしの身近な意見交換を行った。

福祉研修会3

講演の冒頭、参加者全員が身体を動かし、雰囲気づくり。
活発な意見交換もでき、有意義な研修会となった。

福祉研修会1  モ福祉研修会2

ただ、自分たちで創りあげていく福祉とはいうものの
口で言うのは簡単だが、実際に行うとなると、難しい問題が多い。

できるところから、無理をせずに、一つ一つ不安を取り除くよう、
みんなが協力しあいながら進めていく・・・

それが大切だろう。

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よく、「どうしていつも、そんなに元気なの?」って聞かれる。

別に普通だし、それなりに疲れもするし、心配事だってないわけじゃない。
でも、いつもそれを引きずっていては、何もかもが楽しくなくなるような気がするから、
意識的に考えないように、「まあいいかぁ~」って気楽に受け止めるようにしている。

しょせん80年ほどの人生、あれこれ言ったって、たかがしれている。
運命は自分のあずかり知らないところで、既に決まってしまっているんだから・・・。

その流れに身を任せる以外、どうしようって言うの??

目の前の出来事を、自分が判断して決めたかのように思っているかもしれないけど、
そういう判断をしたこと自体、既に運命で決まっていた道なんだよね、きっと・・・。

いつも僕は、そんなことをココロで思っている。
楽しくなければ人生じゃない。楽しもうと思えば、前向きに元気よくなければダメだ。

そんなにお気楽でいいの?
脳天気な生き方だなぁ・・・。

そんなことを言う人もいるだろう。

でも、現実はそんなもんじゃないのかなぁ~って・・・
僕自身は思う。

どちらかと言えば「石橋を叩いて渡る」ような性格だった僕に、
「火中の栗を拾う」ような”強さ”を与えてくれた出来事がある。

母の入院・・・そして、あっけない別れ。

僕の教師としての”原点”でもある。


大学を出て、念願の教師として勤め出して半年あまりが経った10月末・・・。
ようやく学校での仕事の内容がわかりかけてきた頃だった。

最初、母が倒れた時は、ちょうど稲の刈り取りが一段落した時期だったので、
たぶんその過労だろうと家族の誰もが思っていた。
普段からめったに病気などしない、元気な母だったから、
すぐによくなるだろうと、そんなに深く気にも留めなかった。

それまで、家の中で、母というのは、いて当然の存在だったから、
別にその意味など深く考えていなかったが、
いざその存在が家の中からなくなると、なかなか面倒なことが多いものだ。
食事の支度を始め、洗濯や掃除など、これまでは気にもしなかったことが
(当然目につかないところで、それを母がやっていたわけだが)
次から次へと襲いかかってくる。

そんな生活も半年・・・

入院生活にピリオドを打ち、昭和58年の春に他界した母。

葬儀の日、当時担任をしていたクラスの生徒の代表が
遠方にもかかわらず参列してくれた。

その手には千羽鶴が…

4月に入学して、まだそんなに日も経っていないのに、
担任の知らないところで鶴を折っていてくれたなんて。

「ごめんなさい、願いが通じなくて…」

そう言いながら渡してくれた時、それまでこらえていた涙が止めどなくあふれてきた。

今思うと、たくさんの人がいる前で男が泣くなんて恥ずかしいことだったが、
その時ほど生徒の純粋さ、思っていてくれる気持ちのありがたさを感じたことはなかった。
先生(担任)っていいもんだ、先生をやっていてよかった・・・。
状況が状況だけに、そういった気持ちが必要以上に増幅されたのかもしれないが、
先生という仕事の素晴らしさを感じさせられた出来事だった。

それと同時に、こっちも、生徒に対して一生懸命ぶつかっていかないと申し訳ない。
ということを改めて感じ、深く心に刻んだのも事実だった。

先生になって2度目の新学期が始まったばかり。
二十数年前の、まだ初々しい頃のことである。

それ以後も、しばらく、父と妹、そして僕の3人の生活が続く。
病院通いをしなくていいようになった分、気分的にはゆとりが持てたような気もするが、
何かにつけて不便さを感じるのは相変わらずだった。
家事についてもそうだし、
妹にとっては家族の中で唯一の同姓(女性)がいなくなったわけだから、
はるかに辛かったと思う。
また、父にしても、かけがえのない人生の伴侶を失ったことは、
心に大きな空白ができたに違いない。

そう考えると、僕が一番、気持ちの上ではゆとりがあったのかもしれない・・・。

周囲の人からは、「大変でしょう・・・」「がんばってね・・・」の励ましの声とともに、
何かにつけて援助を受けた。
でも、そう言われれば言われるほど、自分自身が強くなるというか、
そんなこと言ってくれなくても大丈夫だから・・・という気持ちが起こってきた。

もう普通でいい、いつまでも(母が死んだことを)特別なことだといって
引きずりたくない・・・。そんな気持ちがあったのかもしれない。


当時のこと・・・。
今となっては、すでに過去のものとして余裕をもって語れるが、
これも“母のおかげ”かもしれないと思う時がある。

自分がここまで強くなれたのも、死という別れを通して母が僕に教えてくれた
最大の教育であったという気がする。
親離れというにはあまりにも突然で、辛いことだったが、
それだからこそ親の思いを心に刻むことができたし、
親への依存心をいい形で払拭することができた。

もし、今も母が生きていたとしたら、
僕自身、もっと甘い人間になっていただろうと思う。

そういう意味では、母がこういう形で去っていったことが、
かえって僕を一回り大きな人間に成長させてくれたことはまちがいない。

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岐阜県郡上八幡市にパブリックシステムという会社がある。

パブリックシステム本社

自宅のある彦根から郡上八幡まで、約130~140キロくらい。
なんとなく遠いっていうイメージがあるものの、
実際に車を走らせてみると、高速を使えば1時間半で十分に行ける。

郡上八幡市内から山手に少し行ったところ、明宝村から高山へ向かう
国道(せせらぎ街道)沿いにある本社(上の写真)は、
パッと見たところ、「倉庫」のような雰囲気・・・。
ところが一歩中に入ると、ウッドがふんだんに使われていて、
人の温もりが伝わってくる、とても贅沢な空間なのだ。

5年前におじゃまして以来、僕の好きな空間の一つになっている。

いくつかの事業を手がける会社だが、事業の一つに
地域情報検索エンジン『Winds!』があって、これがなかなか魅力的!

それぞれの街を愛する”地域スタッフ”(ひとつの市区町村に1人)が、
自分の目で見て、感じたことを発信することが中心のサイトで、
ここに来れば、あなたにかわって日本中の街で生活している
たくさんの人たちに会うことができる。

会社を運営するムトンさんはじめ、Winds担当の絵無さん、スタッフさん。
みんな大きな夢と信念を持って、人との交わりを大切にしながら、
とっても前向きで、生き生きと仕事をしている。

ムトンさん曰く、これまで何かピンと来た時に、それらしい人が
自然と周りに集まってきて、なんとなく物事が進んできたそうで、
自分のアンテナの張り方、リサーチも当然だけど、それ以上に
節目になると人が寄ってくるという不思議な巡り合わせが大きいとのこと。

何度か行き来しながら、お会いして、話をする度に
人の力、人との出会い、人脈といったものの大きさを感じさせてもらっている。

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Aussieの生きざま

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昨日のサッカー・ワールドカップ。
う~ん、残念だった。

が、しかし・・・
どう見ても相手チームの方が上手かったように思うのは僕だけだろうか。

試合をTVで観た後、以前『週刊ST』という英字新聞に書いてあった
「世界の英語事情」と題する、Australia関連の記事を思い出した。

◆No worries.
オーストラリア人の国民性は、amiability(人なつっこさ)、
friendliness(親しみやすさ)、jocular toughness(明るさを失わない辛抱強さ)、
easy mateship(了解事項を共有する寛大な友情)、good humor(面白さ)、
practicial-minded optimism(実質的楽天主義)など。
とにかく彼らはこせこせしたこと、くよくよしたことが大嫌いです。
よく使われる表現「No worries.」は、この感じをよく表しています。
これはオーストラリア人の<the national motto>だという人もいます。

◆Good on you.(立派だぞ)
「Good on you(mate).」もオーストラリア人の国民性を表すと言われます。
ほかの英語で使われる「Congratulations.」(おめでとう)、
「Well done.」(よくやった)と似かよった表現ですが、意味はずいぶん違います。
「Good on you.」は人の見事な行為ではなく、
勇気ある態度に賛意、好意、共感を表します。
大病を患っている人が闘病の意思を表明すれば、
友人は「Good on you.」と言って励まし、
裕福でない人が働きながら世界旅行をすると言えば、
回りの人はこの言葉を贈るでしょう。
困難に直面した人が、「I'll fight but not surrender.」と決意を語れば、
人々はこの言葉で勇気づけます。
オーストラリア人は華々しい成功の成果よりも、
人間として大事なことを成し遂げようとする粘り強い態度を大切にします。
そして、そのような気持ちを表現するために、
この慣用句を創造したと言えるでしょう。

これまでに何回となくAustraliaでHomestayをしながら接したAussieの態度は、
まさにこれらの言葉に代表されるものだったように思う。
重箱の隅をつつくように、自分たち自身で自分たちの首を絞めているような
我々、日本人のことを思うと、こんなAussieたちの生きざまを、
大いに見習いたいような気がしてならない。

前期中間考査

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明日から、前期中間考査が始まる。
金曜までの4日間、生徒たちにとってはツライ毎日だ。

もっとも、先生にとっても、考査はなかなか厳しいもので、
授業がないからいいじゃないか・・・っていうのは幻想!
この時ばかりと、色んな仕事が舞い込んでくる。

もちろん、試験問題作成も侮れない。

ちなみに、僕の今回の問題作成数は6つ。
それも、時期がずれている中学を除く、高校だけで・・・だ。

1年の「理科総合」、2年の「化学Ⅰ」と「生物Ⅰ」、
そして3年の理科演習の「化学」、「生物」、「地学」。

身体は一つしかないんだから、もう少し考えてくれ~っ。

・・・っと言いたいところだが、これも宿命。
やるしかないんだよな~。

せめて一生懸命、試験問題を作った分、
頑張って勉強して、いい成績を残してくれよなっ!!

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今週も、日曜日が自治会の仕事でつぶれたてしまったぁ~。

朝8時から、「南三ツ谷ふるさとを守る会」で購入した
トラクタ+グレイタスローダ(ブームモア)と草刈機の入魂式。

入魂式 

そのあと9時から、試運転を兼ねた使い方の訓練をすることになり、
まずは平坦なところからということで、神社の参道の草刈り・・・。

一人ずつ交代しながら、アームの動かし方や草刈り作業を体験!

最初はなかなかアームが思うように動かせず四苦八苦したが、
少しずつコツがつかめてくると、作業もスムーズに。

モア1  モア2 

で、慣れたところで、実際に傾斜のある、道路脇にチャレ~ンジ。

モア3  モア4 

トラクタのキャビン内からは、角度によってはアームの接地場所が
見えにくい場合があり、誰か後ろについて合図を送る人が必要だとか、
思ったほど石ころの影響はないとか・・・

実際にやってみてこそわかることがたくさん出てきて、大収穫!

再来週(25日)の”総出”(全戸が出て川ざらえや草刈りなどの作業をする)
では、大活躍してくれることだろう。

ちなみに、トラクタの後ろについている、このグレイタスローダ(ブームモア)

なんと、アームの動きだけじゃなく、刈り羽の回転も油圧なのだ!
イタリアのFERRI社というところが作っている機械だそうだ。

すご~い!

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安居さん・・・

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1995年10月1日付の読売新聞日曜版(別刷特集)「名字百科」の欄で
「安居さん」が紹介されていた。


~瞑想修行示す仏教用語から~  (姓氏研究家・丹羽基二) 

安居といえば、戦後に出た小説家に坂口安吾という人がいた。
安居をもじったのでは? 但しこれは名前だが名字に安居は多い。

もともと、仏教のことばで、
インドでは雨期に庵(いおり)や洞窟に入って瞑想修行する。
外に出て布教することは取りやめる。
古代インド語のバールシカを中国で安居と訳した。
アンゴと音で広まったがアゴとかアゴイとかアグイと転々して、外日の表記もできた。
陽(ひ)の外におるから、雨期の意味になる。

日本でもこの語は広まり、安居院とか安居寺なども建てられ、
安らかに居って仏道にはげむことに用いる。

後花園天皇の御子に安居院親王の名もみえ、
淡路島にその末裔が存在しているともいう。
この家では刀利天にのぼられた話もある。


さて、話は変わるが、ここで「安居」にまつわる場所を二つほど・・・

まず一つめは大阪市天王寺区にある「安居神社」

安居神社

この写真は、今から10年ほど前(1997年3月)に行ったときのものだ。

続いて「安居橋」

麦刈り1  る麦刈り2 

”あんごばし”と読むこの橋は、京都・石清水八幡宮の脇を流れる
放生にのかかっている。
大きく半円を描いた形は、別名「たいこ橋」と呼ばれていて、
「安居橋の朧月」は八幡八景のひとつになっている。


時間があれば、皆さんもぜひ出かけてみてくださいねっ!

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AUSSIE RULES

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AUSSIE RULES

オーストラリアで、もっともメジャーなスポーツといえば・・・

フットボール

読めば魅力倍増、間違いなし!
きっとあなたも観に行きたくなります!


Melburnians are football crazy!
Every week during the Winter months they flock in their thousand to
see their revered football team play. Through rain, hail or shine they
voice their support for their favorite footballers.

There are 16 football clubs in the Australian Football League (AFL).
Football matches are played on the weekends and on Friday nights.
One of the most famous and popular clubs is the Collingwood 
Football Club. It has as its mascot the black and white bird called
the magpie. The team players also wear a black and white striped
jumper. Each team in fact has its own special mascot and special
team colours.

Collingwood football supporters are considered to be the most
fanatical. Many supporters like those in Collingwood paint their faces
in the team colours, some even dye their hair! Huge 1Oft. X 20ft.
Banners of crepe paper are made each week, by the clubs' cheer
squads. The footballers run through these banners at the start of
the match. Slogans like "Eat them Alive" are painted on the banners
to motivate the team to win.

The game is divided into 4 quarters. Each quarter lasts for
approximately 20 - 25 minutes. There are 18 players to a side.
The aim is to kick the oval football through the goal posts to score 6
points. A ball kicked through the shorter posts earns only 1 point.

Football is a physically demanding and tough sport.
A footballer's body is not padded like a gridiron football player's,
even though they tackle equally as hard in both sports!
The top footballers can earn as much as A$ 30,000 per game!
A successful footballer needs to be determined and courageous.

weak days

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今日の5時間目、中学1年生の授業が終わって、
一人の生徒がこんな質問をしてきた。

一週間のうちで「強い日」が2日あります。
それは、何曜日と何曜日ですか?

聞けば、英語の先生が教えてくれた”なぞなぞ”だという。

う~ん??

そこで、ヒント!

一週間は英語で・・・ week
それと同じ発音の英単語は・・・ weak すなわち「弱い」

あっ!!

weak day ( 弱い日) = weekday (平日)
だから「強い日」は、平日以外の土曜と日曜。
week と weak は発音が同じなので、かけているんだ。

そう! これが正解なんだって!
なるほどねぇ~

でも、weekday (平日)は月曜~土曜までという解釈もあるから、
それでいくと「強い日は何曜日ですか?」ということになるのかも。 

Which is the strongest day of the week?
 (週のうちでいちばん強い日はどれですか。)
Sunday. Because all the rest are weak[week] days.
 (日曜日。他の日はすべて「弱い日(ウイーク・デイ)」だから。


そういえば、これとよく似た英語の”なぞなぞ”には、こんなのもある。


What is the longest word in the English language?
 (英語で一番長い単語はなあんだ)
Smiles
 (最初と最後の文字の間に mile もあるんですよ)

What word of five letters has six left after you take two away?
 (5文字の語で、2文字取っても6残る単語はなあんだ)
Sixty
 (確かに6文字だ。 t と y の2文字取っても Six 残ってる)

What letter is a drink?
 (飲み物である字はなんだ?)
T
 ( T と tea は発音が同じ)


あはっ、参りましたっ!?

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朝日新聞社が全国の有権者を対象に行った
「インターネットや携帯に関する全国世論調査」(2004年11月)の結果によると、

「普段、携帯を使っているか」との質問には、ほぼ3人に2人が「使っている」と回答。
若い年代ほど使う人が多く、20代では98%に達した。

主に何に使っているか聞くと、全体では「家族との連絡」が26%で最多で、
「友だち付き合い」、「仕事」が続いた。
これに対し、20代では「友だち」が64%でトップ。

携帯との関係を三つの選択肢から選んでもらったところ、
「便利なので持っている」50%、「携帯のない生活は考えられない」10%、
「仕方なく持たされている」4%の順だった。
ただ、20代では「ない生活は考えられない」が他の年代に比べて目立って多く、
携帯との一体感の強さがありありだ。

「電話」と「メール」のどちらを多く使っているかでも、20代は他の年代と一線を画する。
全体では「電話」が「メール」を上回るのに、20代だけは「メール」との回答が圧倒的だ。

インターネットについては4割が「使っている」と答えた。
また、社会に普及していることを「プラス」と思う人は8割近くに達した。

・・・ということだが、

この調査結果にあわせて掲載されていた篠原ともえさんのこんな意見に、
ウンウンとうなづくものがあった。

自分のホームページを作ったのは、8年前の高2の時です。
パソコンを持ってる友だちはまだ少なくて、ずっと私が最先端だと思ってたら、
5年後には、みんな持ってました。
この世界の進歩ってすごく速いけど、乗り遅れない自信があります。
ケータイは空き時間つぶせるし、楽しい。
でも、メールではすごく友だちっぽいのに、会って話すとそうでもない人が結構いて。
メールじゃないと本当のことが言えない。
私は「メール病」って呼んでいるけど、悲しいし、なんか怖いなあ。
ケータイもネットも私にとっては「便利道具」。便利さに甘えないようにしてます。
洋服作りの資料を探す時も、なるべく図書館行ったり、美術館で絵の色づかいを見たり。
足を使って得たものは、ネットで調べたものに比べ、
自分の中で重みが全然違うんです。

僕自身、毎日、公私ともにパソコンやメールを使っているが、
実感として最後の一文は納得できる。

やはり自分が出向き、直接見聞きし、触れ、感じなければ「ホンモノ」じゃないよね!

昨日、紹介した心臓外科医・南淵明宏さんの著書
『釣られない魚が大物になる―手術職人の生き方論』から、
もう一つ引用しておこう。


私は「努力」という言葉が嫌いです。
いわゆる努力と言われているものは、多くの場合、単なる手続きだと思っています。

例えば英語を勉強するときに、英単語を覚える。
これは努力でもなんでもなく、英語を読むときの手続きであり、
必要な決まりを覚えることです。
野球のルールを知らなければ野球ができないのは当たり前です。
ラグビーの選手になりたい人が、ラグビーのルールを知っているのは当然です。
スポーツ選手がルールを覚えただけで「いやあ、よくがんばりましたねえ」
などとほめられるわけがありません。
英語の勉強もまったく同じでしょう。
そうした、なにかをやろうとしたときにその前提になること、
必要な手続きを踏むことが、努力だとはとても思えないのです。
数学の公式にせよなんにせよ、人に聞けば分かる、本を読めば分かる、
ホームページを調べれば分かるといった知識を得ることは努力とは言わないでしょう。

私は「『努力』という言葉は言い訳にすぎない」とも思っています。
それはなぜかと言うと、「私は努力している」という人は、経験上まず信用できません。
善意で解釈すればおそらく他人との比較で言っているのだと思います。
自分は他人より頑張っている、だから努力しているのだ、というわけです。

しかし、私はこうした主観的で曖昧な自己評価は、
100パーセント間違っていると考えています。
人問はどうしても自分中心に考えたがるもので、
そうした主観的な評価で「努力した」と言っても、自画自賛にすぎません。

私のところに来る患者さんを見ていると、
患者さんは死ぬか生きるかという孤独な戦いをしていることは分かります。
しかし、それでもやはり自分中心です。
つまり「自分はこの世でいちばん不幸だ」、と。
例えば、自営業の方だと、病気のために店を閉めなければならない、
サラリーマンはいいなあ、と言う。
そんなことないですよ、いまどき電話一本だけで勝手に休めるサラリーマンなんて
いませんから、と言うのですが、人はどうしても自分中心に考えてしまう。
あるいは「自分だけ特別だ」と思いたい。
それが悪いと言う気はありません。
自分が「他人に同じように見られている」とすると、それは変な言い方ですが、
美学があって「嫌だな、俺は他人とは違うそ」と思いたいものです。

同じように「忙しい」という言葉も私は大嫌いです。
忙しいという字は、心を亡くすと書きますが、「俺は忙しい」と自分で宣言することで、
その人が失う信頼は相当に大きいだろうと思います。
私は、自分で「忙しい」と周囲に漏らしている人で本当に忙しい、
本当に「いい仕事」をしている人を見たことがありません。
たとえ思っていても口に出してはいけない言葉が「忙しい」と「努力」だと思っています。
どちらも極めて主観的な言葉で、かつ他人との比較の上に成り立っている。
客観的に見て、そう形容できることもあるのでしょうが、
それでも少なくとも自分で言う言葉ではないと思います。

だから自分では断じて口にしないようにしていますし、
「お忙しいところ、申し訳ありません」なんて言われたら、
絶対に「いや、暇です」と答えるようにしています。
「仕事がたくさんあって大変ですね」と言われようものなら、
「ぼくはもう48歳ですよ。この歳になって仕事がなかったら、終わりじゃないですか」
と言い返します。

英単語を覚える、野球の素振りをする、
そんなことは誰にでも課せられた「手続き」であって、実際に誰もがやっていることです。
どうしてそんなことを「私はやっているんです。すごいでしょ!」と言えるのでしょう。
みんなが見えないところでやっている。
それを平然と「自分の方がやっている」と言えるのは、他人を尊重していないからでしょう。
いつも冷静に自分の姿を鏡に映してみることは非常に大切です。

別の言い方をすると、英語でコミュニケーションを取りたい、あるいは文章を書いて
人に読んでもらいたいから、英単語を覚えたり、文章の練習をするわけです。
例えば外国人と自在にコミュニケーションを取っている人を見て「かっこいい!」と思う、
自分もそうなりたいと思う。
文章を書いて新聞に載せたい、あるいは本を出したいと思う。
そうした欲望がベースにある。
その欲望があれば何も考えず、人のことなどどうでもよくなって、
自然に「単語を覚える」という関門をくぐっていくでしょう。
当たり前の話です。

野球でレギュラーになりたい、甲子園に出たいと思うから、素振りをする。
何度も何度もバットを振る。でもそれは努力ではないのです。
自分の欲望を満たしたいからであって、その欲望がどれくらい強いかによって、
素振りが3回で終わるか1000回続くかが変わってくるだけです。


うむ・・・同感。大いに共感しました。
ほんとうにその通りだと思います。納得です!

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ビタミンF

本屋さんで、ふと目についたタイトル。

『釣られない魚が大物になる―手術職人の生き方論』

「ブラックジャックによろしく」のモデルであり、
メディアにも取り上げられる心臓外科医・南淵明宏さん
の著書だということで、思わず買ってしまった。

内容充実で、一気に読破!

著者からの紹介にある、

ティム・バートン監督作品『ビッグ・フィッシュ』で沼地の魔女がささやいた
「人に釣られない魚が、結局その後大物に育つんだよ!」。
このセリフを、仕事において、人生において、自信を失いがちなすべての人に贈ります。
正しい欲望、感受性、真の職業倫理を取り戻すために。

人や組織、時代の風潮に釣られることなく、自分の信念を貫く者こそ
人として大きくなることができる。
あなたのその判断・決断は、「組織の論理」や「価値観」に染まってはいないか。
真実を見失い、「偽造」「捏造」「疑惑」に揺れる社会の中で、
プロの仕事人として、誇りを持って生きているか。
「手術職人」としてギリギリの決断と選択を繰り返す一人の心臓外科医が問う。

・・・の通り、なかなか考えさせられる内容がつまった本だ。


その中の一節に「近江商人のエピソードに学ぶ」と題した、こんな一文がある。


近江商人と言えば、私の好きな話があります。
『てんびんの詩』(梅津明治郎監督、一九八八年)というビデオになっている話で、
伊藤忠商事では新入社員研修のときに見るのだそうですが、こんな話です。

近江商人は天秤棒を担いで全国を行商していたことで有名です。
そんな近江商人の息子が小学校を卒業する年齢になりました。
近江商人の子どもたちは近江八幡商業学校に行くことになっていて、
子ども同士で「おまえ、どこ行くねん」「八商行こうと思うねん」「ぼくも八商や」
とか会話するわけです。

その中の一人がある日学校から帰ると、父親から
「おまえは明日から鍋蓋を売ってこい」と命じられます。木でできた丸い鍋の蓋です。
それを天秤棒に載せて売ってこい、売ることができたら八幡商業へ行かせてやると
言うのです。

少年は翌日から鍋蓋を天秤棒で売りにでるのですが、
子どものことですから最初は親戚や知人に頼ります。
ところがそこでは「あかん。そんなことしたら大将に怒られる。
あんた、自分で売りなさい」と叱られてしまう。
と言っても、そうそう売れるものではなくて、彼は途方に暮れてしまいます。

そんなとき、ある家で鍋蓋を庭先に干してあるのを見つけます。
これを壊してしまえば新しいものを買ってもらえると考えた彼は、
その鍋蓋を壊そうとします。
ところがそれを見つかって家の人に追い回される羽目になったりします。

どうにもならなくなった彼は、中学進学を半ば諦めながら川べりに停んでいました。
するとそこに、古い鍋蓋が捨ててあることに気づきます。
手にとってみた彼は「これはまだ使えるんじゃないか」と、その鍋蓋を磨きはじめました。
そこに通りがかったひとりのおばちゃんが、少年になにをしているのか尋ねます。
「私は鍋蓋を売って歩いているんですが、全然売れへんのです。ふと見たら、
ここにこの鍋蓋が捨ててあって、これを売った人もえらく苦労したんやろなとおもたら、
鍋蓋が愛しく思えて」
それを聞いたおばちゃんが、「よし、あんたの鍋蓋、ひとつ買うたるわ」と、
そこではじめて鍋蓋が売れました。

家に帰ると、父親が彼の担いでいた天秤棒に名前と日付を書き込みます。
それを奥の座敷に持っていくと、同じような天秤棒がずらりと並んでいて、
そこには父親自身の名前やその父親、そのまた父親と、
代々の当主の名前が書かれていました。
「うちはおまえの年になると、みんな天秤棒を担いではじめての商いに行ったんや。
よう売ってきたな、八商に行ってええぞ」

と、そんな話です。

いい話です。商品を売ることに身体を張って、命を張って、真剣勝負をする。
そして、自分が人生を賭けている商品に対する愛情を持つことの重要さが
よく表現されている物語でした。

命がけとか真剣勝負と言うと、なにか根性論のように聞こえてしまうかもしれない
のですが、あまり売る気もないのになんとなく売れちゃった、ではなくて、
必死になんとか売ろうとしたものが売れた嬉しさは、間違いなくあると思います。
そして、そのことにこそ価値があって、その価値を享受することができるのでしょう。

まず大切なのは、自分の中に価値を見いだすこと、価値を作り出すことだと思います。
この話の少年は最初、鍋蓋なんて、と思っていました。しかし、それを売ることの大変さを知り、
常日頃、鍋蓋を売ることを本業としている人達の苦労、そして商品である鍋蓋への愛情、
商品が売れること、それらすべての価値を見いだしたわけです。

自分自身で価値を見いだしたら、今度はそれを周囲に、まずはコリッグに伝播させる。
そしてさらにディーラーへ、エンドユーザーへと広めていく。そのときには、
商品対応、競争対応、社会対応という三つの要素が重要になってくるのですが、
その価値の伝播、概念を広めていくことがプロモーションの基本だろうと思います。

それにしても、鍋蓋を売った少年の価値とはなんだと思いますか。

それは「誠実さ」です。
「誠実さ」を売り物にするという手法は、最も手っ取り早く効果的で、お金もかかりません。
そして釣り上げられずに一人でもやっていける、本物の力になるのです。


どうだろう。
心に響くものがありはしないだろうか・・・。

この一文を読んで、真っ先にここで紹介したいと思った。

どこか生き方の”明かり”みたいなものが見えたような気がして、ココロが動いた。

麦刈り

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今日は朝8時から、自治会営農組合で「共同転作麦」の刈り取りを行った。

麦刈り1  る麦刈り2 

大型汎用コンバイン1台(写真左)とコンバイン2台(写真右)を使って、
作業は順調に進み、予定していた作業は無事終了。

収穫量は・・・、う~ん例年並みってところか?

麦刈り3

今年は、春の天候不順(日照不足)の影響もあって、麦の生育が遅く、
本来なら5月中に刈り取りが終わっているはずなのに、
今日までずれ込んでしまった。

近隣の町も、」今日刈り取りをしているところが多く、
JAカントリーもけっこう混み合っていたようだ。

オペレーターにお願いした方々ご苦労さまでしたっ!

それにしても・・・
このところ毎週末、自治会関係の仕事に追われているような状態だ。
仕方ないことだとはいえ、つらいなぁ~。

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この季節、湖周道路を走っていると、
道路を行き交う他府県ナンバーの車が多くなってきたのに気づく。

さて、皆さんは滋賀県のイメージは・・・と聞かれて、
真っ先に何を思い浮かべるだろう?

僕が真っ先に思い浮かべるものは「琵琶湖」。

京阪神に住んでいる人の多くが、「マザーレイク」という言葉に、
近畿の水がめとしての琵琶湖のイメージを重ね、
滋賀県のシンボルとして位置付けているという。

ところが関東の人たちに言わせると、
いつも琵琶湖が出てくる滋賀県の観光ポスターやイメージ広告には、
どうも違和感があるらしいとのこと。

美しい湖といえば富士五湖とか十和田湖を思い浮かべ、
琵琶湖は単に一番大きいという印象しかないそうだ。

それも、琵琶湖があるのは滋賀県だと思ってもらえれば良い方で、
京都にあると思っている人も少なくない。
テレビのドラマやなんかで「京都殺人事件」っていうと、
琵琶湖岸に被害者が横たわってる光景がよく出てくるし・・・。

そのかわりに「近江」という言葉からくるブランドイメージは高く、
関西では「おじいちゃん、おばあちゃんの田舎」というイメージが、
関東では「歴史がある土地で、豊かな文化財に恵まれたところ」
「近江商人」「近江牛」・・・という見方になるという。

確かに、その土地で生活している人が描くイメージと、
実際にほとんど目にしたことがない人が
限られた情報から想像?するイメージとでは大きな違いがある。

有名な観光地だって、
遊びに来た人が行き交う華やかな表通りの一歩裏には、
そこで日々生活を営む人たちの暮らしがあるわけで、
同じ景色をハレ(遊び)の目でとらえるか日常の目でとらえるかによって、
印象は180度変わってくる。

しかし、そのいずれもが街の姿であることに変わりはなく、
どちらがいい、悪いは別にして、
いろいろな角度から幅広く受けとめてこそ、
初めてその街が理解できるということは間違いないようだ。

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命をいとおしむ

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少しばかり心が不安定になった時、なんだか元気がなくなってきた時・・・。
そんな時、読んでは心を落ち着けている一文がある。


自分の命がこの地上に生み出される確率はいったいどれくらいか、
考えてみたことがあるだろうか。

偶然出会った二人の男女を両親に自分が生まれたことを、
私たちはあたりまえのことと思いがちだが、
二人の男女の問にこの《私》が生まれる確率はきわめて低いのである。

このように二、三世代さかのぼってみるだけでも、
自分の命が地上に生み出される確率はほとんどゼロに近く、
生まれたことの方がむしろ不思議に思えるほどなのである。
さらに起源をたどると、ゼロの行進が気の遠くなるほど続き、
可能性は無の中に溶け込んでしまう。

だが、ひとたび命が結ばれると、無の深淵から、突如として生が浮かび上がる。
無から有へのこの奇跡の出現が命なのである。
私たちにとってその生が唯一の生なのである。
どんな両親の下に、どんな時代に、どんな場所に生まれてきたかったと、
どれほど強く願ってみたところで、それを選択することはできない。
それが、この世に生を受けることの意味である。

私たち人間は遠い昔から、いろいろなところで、一日一日と生きてきた。
実にたくさんの人間が生きてきた。
一人一人が別個の身体を持ち、みな違った生き方をしてきた。
この私も、また例外ではない。

私は、両親や祖父母に似ているけれども、彼らと同じではない。
彼らには彼らの生があったのだ。

ひとりの人間が生きていく道には多くの山があり、また、たくさんの谷がある。
昨日と今日とは似ているが、同じではない。
そして、明日はいつも新しい。

生きてゆく一日一日の手ざわりを一つ一つ確かめるとき、
個々の生は陰影の鮮やかな相貌を見せるのである。

与えられた命をただ一度きりのものとしていとおしみ、
自分自身の生として引き受ける姿勢から、人間だけが持つ主体性が生まれてくる。


いかがだろう。

誰に聞いても”命”はかけがえのない、大切なものだと言う。
でも、単に病気や怪我などをせず、毎日が不自由なく過ごせるというだけで、
自分の命を大切にしていると言えるだろうか。

もちろん、健康で毎日が過ごせるということだって、よく考えれば大変なことに違いない。
あたりまえだと感じ、いま自分がそうであるが故に忘れてしまっているだけで、
周囲を見渡せば、どうか元通りの元気な身体を・・・と願い続けている人たちがたくさんいる。
また、自分が毎日、不自由なく過ごしていける蔭には、
どれほど多くの人の支えがあるかということもわかるだろう。

そんな中に存在する”自分の命”、”与えられた命”・・・。
限りなくゼロに近い確率の果てに誕生した、この私・・・。

大切にしなければならないのは当然だと思う。

《かけがえのない私》だからこそ、
その”命=生”に、「主体性」をもってぶつかっていきたい。

企業訪問

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今日から、高校の春季総合体育大会が始まった。

進路指導部では毎年、この時期
授業が特別時間割になるのを利用して企業訪問を行っている。

お世話になっている生徒の状況や今年度の採用計画等について、
人事担当者から直接、話をうかがい、
生徒の Career Guidance に役立てるためだ。

久しぶりに学校現場とは違う空気に触れ、
各企業の置かれている立場や社会情勢について話をしていると、
いろいろな意味で、大いに刺激を受ける。

一度は教育現場から離れた身であるだけに、
ややもすると、学校という枠の中で物事を考えがちな、
先生独特の思考回路には、ある種の疑問を感じている。

そんな中、こうやって企業で働く方々と接すると、
改めて社会一般の”常識”みたいなものを確認することができ、
「あ~、やっぱりそうなんだよな・・・」って思う。

学校の中だけで通用するような価値観や判断基準に
惑わされれてはいけない。

『井の中の蛙、大海を知らず』 ではダメなのだ!

今日はたくさんの元気をもらえて、感謝。


そうそう、お昼に立ち寄ったコンビニで、
こんなところにツバメさんが巣を作っていた。

ツバメの巣







入り口の近くに設置されている非常回転灯の上。

なかなかうまく考えたもんだ。
住み心地は上々かな?!

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