2008年6月10日

●自分の意見を言える人間に

熊本県阿蘇郡小国町に『TAO塾』という、ちょっと変わった塾があります。

21世紀を楽しめる人間・・・「独立自由人」「知的野生人」「草根世界人」に育って
ほしいと、英語や数学など教科学習のほか、生き方につながるユニークな
特別講座もあわせて提供する、新しい形の寺子屋教育の塾だそうです。

年4回発行されている塾通信に、こんなメッセージがありました。

     ◇       ◇       ◇       ◇       ◇

塾の教室に入ると正面に英文の大きなサインが貼ってあります。
『What is popular is not always right、
what is right is not always popular.』

直訳すれば、「人気があるということが、いつも正しいとは限らない、
正しいということが、いつも人気があるとも限らない。」
いうなれば「多数意見がいつも正義であり真理であるとは限らず、
正義・真理にかなった意見がいつも多数派をとれるとも限らない」
といったところでしょうか。

地球を中心に太陽をはじめ他の天体が回っている(天動説)とした当時の
意見に対して、太陽を中心に地球をはじめ他の天体が回っている(地動説)
を唱え、 宗教裁判にもかけられたガリレオの話しは、
彼の残した「それでも地球は回っている」の言葉とともにあまりにも有名ですが、
多数意見に対し自己の信念を貫いた彼の勇気に共感する人も多いかと思います。

特に日本人は、自分の意見をいうのが不得意で、「NO!といえない日本人」という
言葉も一時流行りました。他の人の意見や考えを広く、そして謙虚に聴きつつも、
どこまでも盲信することなく、己自身の理性・感性の力をフル回転させて探究し、
受け売りの言葉でない飾らない自分自身の素直な言葉で表現していくことが
大切に思えます。

民主主義の美名の下に大手を振る多数決の原則も時に疑い、
たとえそれが少数意見であっても自ら省みてそこに真なるものを感じるならば
勇気をもって貫く信念を持ちたいものです。

ガリレオの例に限らず、常識とされるもの、通説となっているものなどが
真理から大きく離れていることもあるのです。

一つの観方・考え方だけで判断し、頑なに自己主張にこだわり、
他の意見を全く寄せつけない独善排他的人間にならないように、
いつも未熟・無知なる自分を省みつつも、現段階の誰のものでもない
自分の心・体・頭総動員で考え、判断していく姿勢が大切に思います。

未熟・未完成なる判断力であっても、それが自分自身精一杯の結果であれば、
たとえ過ちや失敗になろうとすべて自己の成長につながります。
自分の他にあるものに無批判に依存し『盲信』の道を歩むものは『傲慢』になり、
自分の内にあるものに耳をすまし試行錯誤を繰り返しつつも少しづつ『確信』を得ていく
姿勢ならば、結局どこまでも心をオープンにして『謙虚』にならざるを得なくなります。

だからこそ、時には「自ら反みてなおくんば、千万人といえどもわれゆかん」と
進んでやれる爽やかな勇気の持てる人間になりたいものです。

     ◇       ◇       ◇       ◇       ◇

ある意味、自分の信念(教育者として子どもたちに伝えたいこと)と重なるメッセージで、
常に持ち続けたい姿勢だと思っています。

ところで・・・

『自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば千万人といえども吾(われ)ゆかん』とは、
かの安部元総理が、演説や著書で引き合いに出した、孟子の言葉です。

その言わんとするところは、「自分を反省して、正しいと確信することができれば、
相手が千万人いようとも、わが道をいく」。

2006年09月27日の天声人語には、

正しい確信=「確たる信念」の中身が問題で、政治思想史学者だった丸山真男が、
第二次大戦が終わった45年に記したノートに、同じく孟子を引いたくだりがあって、
「間違つてゐると思ふことには、まつすぐにノーといふこと。この『ノー』といひうる精神
--孟子の千万人といへども我行かんといふ精神--は就中(なかんずく)重要である」。

丸山は、このノーといえない弱さが問題であり「まづ人間一人一人が独立の人間に
なること」とも記した

・・・とあります。

さすが格言、実に奥が深く幅広い意味が込められています。

まず自らが一人の独立した人間として”自立”し、そのうえで自らを”反省”する中で
得た正しい”確信”を、自信を持って”主張”し、”実行”していく。

自分はそういう人間であるか・・・

いま、改めて自分に問いかけたいと思います。