2008年05月12日

●母の日に寄せて

ここ何日か気温が低く、どこか風邪っぽくて、
なんとなく身体の調子がスッキリしない・・・。

あ~、ヤダヤダ!

さて、一昨日5月11日(日)は「母の日」でした。
ありがとうの気持ちを伝えるのに、何か特別なEventはありましたか?

11日の朝日新聞《天声人語》には、こんな話が綴られていました。

 『わたしの母さん』という児童小説がある。
 小学4年の主人公、高子は算数が得意で、学級委員をしている。
 気がかりが一つ。明るいけれど、少し変わった母親のことだ。

 月初め、母さんは日めくり暦の一枚一枚に封筒をはりつけ、
 千円札を2枚ずつ入れていく。
 毎日、その2千円を財布に移して生活に充てるのだ。
 高子は「ひと月分を同じ袋に入れておけばいいのに」と思うが、
 母さんは大きな数の計算が嫌いらしい。

 さらに、連絡のプリントにはフリガナをつけてと学校に頼んだりもする。
 あきれる娘はある日、母が生後間もない熱病で知的障害を負ったことを知る。
 父さんとは養護学校高等部の同級生だった。

 作者の菊地澄子さん(73)は養護学校などで教えてきた。
 この作品も体験が元だ。
 突然の真実に立ちすくみながらも、母を理解し、優しく伸びてゆく少女。
 20年前の初版は児童福祉文化賞を受けたが、出版元の廃業で絶版になっていた。
 06年、東京の出版社、北水(ほくすい)が新装版で復活させた。
 高子のモデルはすでに母になっているという。

 作中に「人間の賢さっていうのは、
 その人が持っているちからを、どう生かしているかっていうこと」とある。
 母さんがずっと頼りにしてきた元担任が訪れ、親の「学力」を疑う高子を諭す場だ。
 母は泣いて告白する。

 本の帯には < お母さん、生んでくれてありがとう! >。
 この瞬間にも、色んな人生を背負った母親たちが持てる力を振り絞っているだろう。
 きょうの母の日、その人が目の前にいてもいなくても、おなじことばを贈りたい。

いい話です。ココロにグッときました。

世の中には、いろんな人がいます。
みんなそれぞれに得意不得意があり、違いがあります。

この人は賢いとか、立派だとか、いったい何で評価するのか。

人として大事なのは、
能力のあるなしではなく、それをいかに引き出し、使っているか・・・

本当にそう思います。