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2007年01月29日

●ともに未来を語る

最近の子どもたち・・・

「夢」がないのか、あるけど語れないのか。
どうも現実的で、あきらめが早い。

ほら、もっと・・・こう未来に向かってさぁ

夢を紡ぐような言葉を投げかけてみても 、
返ってくるのは、きまって「どうせ・・・やん」って。

そうかなぁ、そんなことないと思うんだけどなぁ

極端な話、明日がどうなるかなんて誰にもわからないわけで、
今までフツーの中高生だったのが、偶然の出会いが縁で、
気がつけばアイドルになっていたってことだってあるのだ。

今まで嫌いだった英語の勉強だって、
海外留学をきっかけに好きになり、検定にもどんどん合格し、
やがて海外を股にかけてバリバリ仕事をしているかもしれない。

どうして頭の中だけで結果を決めつけるのよ。

やってみなくちゃわからない・・・
やれば違った結果が見えてくるかもしれないのに・・・

事実、やってみてわかることだっていっぱいあるし、
それが予想もしない展開を生むことだって、珍しくない。
むしろ、やったおかげで世界がどんどん広がるのが普通だ。

かつて、教師としての自分に言い聞かせていたことがあった。

生徒と、「ともに未来を語れる」 のが教師だと。

もちろん、今でもそれは生徒と接する原点だ。

どうして素直に未来を語ろうとしないの?
未来はそんなに暗いの?

子どもたちの "あきらめ" 気分にメスを入れて、
一緒に未来を語りたい!!

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コメント

>夢を紡ぐような言葉を投げかけてみても 、
返ってくるのは、きまって「どうせ・・・やん」って。

最近、とくに感じることは、子どもたちとの間に会話が成立しないように思います。

なっちんさんのおっしゃるように、消極的な結論を急ぐ傾向は随所にみられますね。
でも、これって…、たぶん?、大人が…、教師が…、そうしてしまったんじゃないかと思うんです。
仮に夢を語ろうものなら、「そんなこというけど現実はなぁ…」、と、まとめようとしているかもしれません。
もちろん現実を直視することは大切なんですが、あまりにも現実的すぎて、悲観主義的であったりするかもしれませんね。
現実にある問題をほじくり出すことは、教師の得意技。でも、そのほじくり出した問題を解決の方向に持っていこうとする思考を導くことが苦手な教師が多すぎるのかも。私も、その一人かな。


>生徒と、「ともに未来を語れる」 のが教師だ。

語るってことは、自分の言葉で、相手に訴えかける表現で、意思を示すことだと思います。
なのに彼らは、言葉を知らなさすぎるし、YESandNOで済ます会話で充分な世界に生活しているように思う。これもまた、大人や教師の責任なのかもしれない。


>子どもたちの "あきらめ" 気分にメスを入れて、一緒に未来を語りたい!!

同感!!


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