2007年01月31日
2007年01月30日
●ココロ、動きませんか?
mixiつながりのLUNAさんの日記を読んで、
心を動かされました。
知っているようで、ほんとうは全く知らないのかも
気にしているようで、全然気にしていないのかも
自分のことだけしか考えていない、
身勝手な私たち
よかったら皆さんにも・・・
「伝えて下さい」
この映像を・・・
(↓下のリンクをクリックして下さい)
http://f.flvmaker.com/mc.php?id=AwrFdggS2olEKcM8_4XfDOR8jt7q4yjap4Fo.D_ATHLWL_bQqEQGqpg7dI/zc/k/JpXPN8cbkiagS4jZjdg1_ti6
2007年01月29日
●ともに未来を語る
最近の子どもたち・・・
「夢」がないのか、あるけど語れないのか。
どうも現実的で、あきらめが早い。
ほら、もっと・・・こう未来に向かってさぁ
夢を紡ぐような言葉を投げかけてみても 、
返ってくるのは、きまって「どうせ・・・やん」って。
そうかなぁ、そんなことないと思うんだけどなぁ
極端な話、明日がどうなるかなんて誰にもわからないわけで、
今までフツーの中高生だったのが、偶然の出会いが縁で、
気がつけばアイドルになっていたってことだってあるのだ。
今まで嫌いだった英語の勉強だって、
海外留学をきっかけに好きになり、検定にもどんどん合格し、
やがて海外を股にかけてバリバリ仕事をしているかもしれない。
どうして頭の中だけで結果を決めつけるのよ。
やってみなくちゃわからない・・・
やれば違った結果が見えてくるかもしれないのに・・・
事実、やってみてわかることだっていっぱいあるし、
それが予想もしない展開を生むことだって、珍しくない。
むしろ、やったおかげで世界がどんどん広がるのが普通だ。
かつて、教師としての自分に言い聞かせていたことがあった。
生徒と、「ともに未来を語れる」 のが教師だと。
もちろん、今でもそれは生徒と接する原点だ。
どうして素直に未来を語ろうとしないの?
未来はそんなに暗いの?
子どもたちの "あきらめ" 気分にメスを入れて、
一緒に未来を語りたい!!
2007年01月28日
●無事、来年度の役員決定
2007年01月27日
●選挙会の準備、そして・・・
2007年01月26日
●高校入試を前に・・・
2007年01月25日
●楽しい学校=生徒中心の学校
学校について考え始めると、いろいろなことが脳裏を駆けめぐる。
言葉だけを聞くと誤解されるかもわからないけど、
学校は「楽しいところ」でなければいけないと思っている。
生徒が生き生きと活動する姿が見られないなんて、学校じゃない。
生き生きとした活動があるからこそ、魅力的で
生徒にとって存在価値のある学校になっていくのだと思う。
4月、新入生が希望を胸に入学してくる。
みんなき生きとした表情をしている。
上級生とは明らかに違う、意欲に満ちた顔だ。
それが、どうだろう。一週間、二週間と日が経つにつれて、
しだいに生徒の表情からハツラツとした明るさが消えていく。
そして、5月の連休明けになると、「心ここに在らず」といった感じで、
嫌々ながら学校に通う生徒も出てきたりする。
そうこうしているうちに夏休みを迎え、それが終わり新学期が始まると、
もはや上級生との違いはなくなり、毎日、ただ何となく学校に来て、
言われたことだけを適当に済ませ、楽しみは全て学校の外~なんていう
生徒が目につくようになる。
どうして、こうなってしまうのか・・・。
決して、最初からそんなふうになるような生徒ばかりだというわけでは
ないはずだ。やはり、学校の雰囲気、すなわち我々教師自身が、
そういう生徒にしてしまっているに違いない。
その原因は・・・
おそらく、学校の体制、教師の姿勢、授業や課外活動への取り組み、
学校行事、その他諸々の要素が全て「教師中心(教師の都合)」で進められ、
「生徒中心」になっていないことにあるのだろう。
生徒には主体性を持てと言いながら、生徒が自分の意に添わないことを
したとすると、とたんにそれはダメだと否定する先生。
たとえそれが、生徒が一生懸命に考えた結果だとしても、一切お構いなし。
とにかく自分の考えや指導に合わなかったらダメなのだ。
それを「教師中心」と言わずして、何と言えばいいのか。
結局、それは自分の予想を超えるようなこと、自分の処理できる範疇
以外のことには、対応する自信がないので関わりたくないという、
教師の自分勝手な逃げの姿勢に他ならない。
ふだん生徒に、そういうことではいけないと言っていながら、
現実は自分が真っ先にそれをやっているのだ。
面倒なことは嫌、とにかく平穏無事に過ごせればいい・・・。
敏感な生徒が、それを感じないはずはない。
誰が考えても、生徒がすべてこちらの都合のいいように動いてくれないことは、
わかりきっている。予想もしないようなことが起こるのは当たり前だ。
生徒の成長というのは、そういったさまざまな活動の中で生じる出来事に
対して、教師と共に真剣に取り組んでこそ、初めて実現されることだ。
それを受け止めようともせず、教師が一番に逃げて、どうしようというのか。
あくまでも学校の中心(主人公)は生徒たちだ。
「生徒中心」という観点に立ち、我々教師の姿勢から学校全体に至るまで、
今一度、足下を見直すことが大切なのではないだろうか。






