●先生に「母親」を求める?
以前、近くに住むSusan先生の家におじゃまして、
英語を習っていたことがある。
アメリカ・ミシガン州の出身である彼女は、
これまで県内の中学校で英語を教えたり、
彦根にある「ミシガン州立大学日本センター」で
英語プログラムの教官などをしてきた経歴を持つ。
とても明るく、パワフルな女性で、
日本での戸惑いなどを面白おかしく話してくれるので、
週1回の英語教室は大盛況だった。
そんな彼女が、
日本の子どもが平気で先生の身体に触れることに驚いた
と言っていた。
アメリカではプライベートスペース(身体の周りの一定の空間)
を守るのが当たり前で、
これがないと適切な人間関係が保てず、
いくら仲が良いからといって平気で身体に触ることは、
まず考えられないという。
どうして、そんなことをするのか・・・。
Susanは、日本の子どもたちが先生に母親を求めているからで、
日本の先生が親のような存在になっているからなんじゃない?
と分析している。
でも、我々日本人に言わせると、
そうでなければやっていけないのが日本の学校現場なんだし、
先生が親代わりにならなければ前に進まないのが現実であって、
親たち自身が、先生にそういう役割を期待している部分が
かなりあるのでは・・・と思う。
さて、どちらが”教育的”なのだろうか?






