●いまを生きる
年度の始まり・・・
何もかもが新鮮で、誰もが「期待」という言葉に自分自身を奮い立たせようとする。
明日への希望に満ちあふれた感のある、この時期。
ふと気がつくと、日々の過ごし方に思いを巡らせている自分がいる。
ずいぶん昔になるが、毎日新聞(朝刊)の『余録』に、こんな一文があった。
詩人・英文学者の加島祥造さんは10年ほど前、
ある女子短大の新入生歓迎パーティーで学生に呼びかけた。
「これからの2年間は、命Lifeの明るい光Lightに、愛Loveと笑いLaughterに
いちばん恵まれる時だ。遠慮せずに、この4Lをできる限り味わってほしい」
その2年後、加島さんは定年退職することになり、
卒業生のパーティーであいさつした。
「あなたたちはこれから社会に出てゆく。私はこれから社会を出てゆく。
『に』と『を』の違いだが、二つの方角は正反対です。
生きてゆくうえで共通の道があるとすれば、それは何か」
「それは『今日をしっかり生きてゆく』という言葉です」。英語でLive today。
「西欧ではラテン語『カルペ・ディエム』として古来から伝わってきた思想であります。
どんな戦乱や物質的繁栄のなかをも図太く生き抜いてきた思想です」
「私はいま、その言葉の意味を説明したりしません。
あなたたちの胸に納めておいてくれればよい。この道は個人個人の生きる条件や
矛盾の下をくぐって、4Lにつながる地下茎であると思うのです」。
こう言って互いに逆の方向へ行く旅立ちを祝ったという(「いまを生きる」岩波書店)
いまを生きる。そういえば作家・水上勉さんも「一日暮らし」と言っていた。
一生と思うから大変だが、一日と思えば何でもできる。退屈することはない、と。
電車の中で暴力を振るったり、ホームであぐらをかいたり、
構内で酒盛りをしている若者は貴重な一日を無駄にしている。もったいない。
今日をしっかり生きれば、命の明るい光に、愛と笑いに恵まれる。
至極当然のことだ。
でも、これは”明日のための今日”ではない。
将来のために「いま」という時間があるのは事実だが、
「いま」を犠牲にして、あるいは「いま」を無駄にして、どんな将来があるというのだろう・・・。
<いまを生きる>
将来のための「いま」ではなくて、「いま」のための「いま」。
「いま」しかないこのひとときを、最大限に輝かせるために・・・
「いま」を大切にしたいと、改めて思う。






